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オールマイトのパンチを受けた敵は、施設の天井を突き抜けて彼方へと消えていった。

「漫画かよ……」

切島くんが呆気にとられたように呟く。それと同時に卯依ちゃんがオールマイト目掛けて走っていってしまった。

「卯依ちゃん!」

僕が名前を呼んでも、卯依ちゃんはなんの返事も反応もしないで走り続ける。グローブから見えている手首の部分は、ここから見てもはっきり分かるほど赤くなってしまっていた。

「実操の奴……人質にされたらヤベェだろ」
「……」

かっちゃんが強く卯依ちゃんの背を睨む中、オールマイトの声が聞こえる。

「どうした? 来ないのかな!? クリアとかなんとか言ってたが……出来るものならしてみろよ!!」

敵がうろたえているのを見て、轟くんが自分たちの出る幕じゃないと呟く。切島くんが退こうと提案するのを聞きながら、ここに立ち止まっている四人の中で僕だけが気付いた。オールマイトのあれは虚勢だ、と。だから卯依ちゃんは真っ先に駆け出したんだ。土埃にまぎれて、変身する時の蒸気みたいなものが出ているのが分かる。

卯依ちゃんが険しい表情でオールマイトの前に立ちはだかる。その姿を見ていて、バスで聞いた切島くんの発言が何故か頭を過ぎった。

「実操ってあんまりゼファーの“個性”使わないよな」

何故かあの時ひっかかりを覚えた言葉。海岸で空を飛んでいた卯依ちゃんのことを思い出す。“個性”把握テストでの様子に、対人戦闘訓練での映像も。最初から違和感はあった。

卯依ちゃんがゼファーの技を使わないんじゃなくて、使えないのだとしたら。

ゼファーが空を飛ぶとき、卯依ちゃんのように白い光の膜に包まれていたことは無かった。“個性”把握テストでもゼファーの重力操作を使えばもっと記録を伸ばせていただろう。

卯依ちゃんとはまだ一年の付き合いで、それも高校に入学するまでは月に数回しか会っていなかったけれど、この危機的状況で“個性”を使わずにオールマイトを助けに向かっていることが卯依ちゃんらしくないってことぐらいは分かる。

敵の前に立ち塞がった卯依ちゃんがホルスターからナイフを取り出したことで確信した。

初めてコスチュームを見たときはスーツの方に意識が向いていて気にも止めなかったけれど、対人戦闘訓練のVを見て変だなと思ったのだ。卯依ちゃんの“個性”にナイフは合わないと。ゼファーはいつも中長距離からの攻撃ばかりで、接近戦になることなんて無かった。同じ“個性”ならナイフなんて必要ない。もしも間合いに入られたとしても、ゼファーのようにサイコキネシスで吹き飛ばしてしまえばいいからだ。

けど、それが出来ないのだとしたら。

ナイフは“個性”が使えなくなったときの保険だとしたら。

「……オールマイトは恐らく限界を超えてしまっている……卯依ちゃんがもし、本当に“個性”が使えない状況だとしたら……モヤに翻弄されたら二人共……」

僕だけが知っている秘密。

敵が二人に向かって飛び出していく。卯依ちゃんもナイフを構えたまま姿勢を低くして駆け出した。オールマイトが止めようと腕を伸ばしているけれど間に合わない。ワープゲートの“個性”と、触れたものを崩す“個性”。
今の卯依ちゃん一人じゃ―――



地面を強く蹴り、敵目掛けて一直線に飛ぶ。一瞬で景色が変わり、力を込めた足に激痛が走った。

「……ッ!」

足が折れた、さっきは上手くいったのに! でも、

―――届いた!!

卯依ちゃんの驚いたような声が聞こえる。それを聞きながら、腕を振りかぶってワープゲートの体部分を狙った。拳が当たれば吹き飛ばすことが出来る!



▲ ▽



これまでに何度もこういうピンチには陥ってきた。その度に切り抜けて生き残ってきた経験がある。今回もきっと大丈夫だと自分に言い聞かせてナイフを逆手に握った。

私は “個性”に頼りきりの戦いが出来ない。


“個性”が使えない状況で敵の前に立つとき、恐怖心が無いと言えば嘘になる。今だってそう。転送“個性”に、“個性”が不明の不気味な敵。それに引き換えこっちはガス欠の体とナイフが二本。それと後ろには限界を迎えたボロボロのトップヒーロー。

“個性”が使えても使えなくても、私がすることは変わらない。

この人を守る。一人では死なせない。

「卯依!」

私の名前を呼ぶ声に背を押され、踏み出す。ワープのもやが一直線に腕に向かってくる。最悪手足の一、二本は犠牲になってもいい。(―――ちょっと投げやりになってるかもしれない)

しゃがみこんで躱し、ナイフの柄を空いた手で押すようにして敵に向かう。自身に伸びてくる手に意識が一瞬逸れた瞬間だった。


「……ッ!」

敵しか映っていなかった視界に、出久が現れた。
痛みを堪えるような呻きが耳に届く。

「出久……!?」

敵二人も出久の行動に虚をつかれたように動揺している。出久が腕を振りかぶり、強ばった表情のまま口を開いた。


「二人から、離れろ」