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壁を殴る鈍い音が聞こえたかと思えば、曲がり角からエンデヴァーが出てきた。苛立っているように見えるその表情に首を傾げつつ立ち上がる。

「……卯依か」
「どうもー。息子さんの観戦?」
「ああ。お前はこんなところで何をしている」
「ちょっと休憩」
「……そうか」

自然と横に並び誰もいない通路を歩く。エンデヴァーどこ行くんだろ。外の出店かな。いいなあ出店。私もたこ焼きとかお好み焼き食べたい。わたあめとかもあるのだろうか。……いや、ないか。観戦してるのプロヒーローばっかりだし。記者もわたあめ食べながらリポートなんてしないだろう。

「“個性”」

唐突すぎて「んえ?」と変な声が出てしまった。エンデヴァーは気にせず正面を向いたまま言葉を続ける。

「しばらく見ないうちに、よく使いこなすようになったな」
「まあ、訓練受けてるし」

エンデヴァーに見せたことがあるのはサイコキネシスで自分を浮かせることだけだ。それも行き止まりの道を越えるために使用したのをたまたま目撃されただけ。第一種目の時のように、高速で飛び回るところは見せたことがなかった。そういえばあの時はめちゃくちゃ叱られたっけ……。エンデヴァーってイメージの割にルールとか厳しいんだよな……。ベストジーニストの次点で厳しい。ホークスと足して二で割ればちょうどいいのに。

「炎は使えないのか」

初めて視線を向けられて目が合う。

「使うだけなら、まあ」
「……サポートアイテムが無ければ扱えないと?」

相変わらず察しが良いというか、いや、ゼファーを知ってるなら分かることか。

「みんなと違って体は極々普通の人間なんで」
「……」
「そもそも威力の調整が出来ないんだ。今できるのは1か100だけ」
「戦闘で使えば自分の首を絞めるだけか」
「そういうこと」

答えた私に、エンデヴァーは目を伏せるようにしてゆっくりと視線を逸らしていった。「そうか」と呟いた声はいつものようにも聞こえたが、なんだか表情が違う気がする。気がするだけかもしれないが。

「“個性”を使用する直前の間はなんだ。油断しているようには見えんが」

……おっと。

「……聞いているのか」
「いや、ちょっと吃驚して。よく分かったね。ほんの数秒なのに」
「自覚があるんだな」

情けない声をあげながら追求を逃れようとする私を、エンデヴァーは鋭く見下ろしてくる。そうか、分かる人が見れば気付かれてしまうのか。

「わざとじゃないよ」

俯きながら呟くと、エンデヴァーは小さく「そうか」と答えたきり何も言わなくなった。

エンデヴァーが敵に回ることは絶対に無いからいいが、他の人間にもこの隙が知られたら厄介だな……。敵とか、マスコミとか。これから対戦する生徒とか。

現状、“個性”を使用するのにかかっている時間をこれ以上縮めることはできない。私がゼファーのように、タイムラグ無しで“個性”を使用出来ない理由は分からないが……。

―――バレないように、上手くやらなきゃな。

「何か飲むか」

エンデヴァーが通路の自販機前で立ち止まる。「わーい」と我ながら覇気のない声でスポーツドリンクを所望すると、エンデヴァーは手早く購入して取り出し口に手を伸ばす。

「ありがとう」と言って受け取ろうと腕を伸ばすも、ペットボトルは私の手を通り越して頭部側面へと押し付けられた。機械で冷やされた温度が肌に伝わる。えっ。

「痛みが悪化する前によく冷やしておけ」
「……」
「俺はもう行く」

エンデヴァーの手が離れる前にペットボトルを抑える。なんで知ってるんだ、と疑問を口にすることも出来ず、遠ざかっていくその背をただ見ていることしか出来ない。しばらく硬直してから「あ」と声を零した。

「ゼファーか」

単純なことだ。ゼファーは“個性”の弱点を、エンデヴァーには話していたんだ。知られたら命取りになるような弱点を、あの人には教えていたんだ。それぐらい信用してたんだ。

それほど信頼できる人が、いたんだ。

「……」

ペットボトルを頭へ押し付けながら、とぼとぼと通路を進む。
食堂、混んでないといいな。