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トドメのつもりで放った氷結は防がれた。予期していない反撃で背後の氷に強く背中を打ち付ける。緑谷の自滅覚悟の“個性”。既に壊れた筈の指を酷使して、緑谷は氷結を防いでいた。
「皆、本気でやってる。勝って……目標に近付くために……っ、一番になる為に!
すべて骨折している筈の指を強引に握りこんだ緑谷が、痛みを堪えた表情で叫ぶ。
「全力でかかって来い!!」
暗に「左を使え」と言っているその発言に内蔵が震える程の激しい怒りに駆られた。試合前にエンデヴァーに金でも渡されたのか、交渉でもしたのか。なにが目的かは分からないがただただ苛立って仕方ない。
近距離なら緑谷は対応が出来ないだろうと距離をつめるも、氷結の連続使用で思うように体が動かず、右足が上がったとたんに緑谷が懐へと潜り込んだ。
騎馬戦のときに感じた威圧、オールマイトと同じそれに、ぞっと体が震える。避けることも防ぐことも出来ず腹に打ち込まれた一発は先ほど氷結を吹き飛ばした程の威力ではなかったが、それでも一瞬の呼吸を奪う程で、俺は数メートル吹き飛ばされる。痛みと圧迫感に咳き込み、殴られた箇所を押さえつける。
追撃用に氷結を放つも、容易く緑谷に避けられてしまった。体はとうに冷気に耐えられる限度に達していた。それでもエンデヴァーの力は使わない。ひたすら氷結で攻撃をする俺に、緑谷は繰り返し避ける。既に握れなくなっていた指を口にひっかけるようにして反動をつけ、再び氷を弾き飛ばす。
―――なんで、
騎馬戦の後、緑谷を呼び出して戦線布告をしたときのことを思い出す。
―――オールマイト、彼のようになりたい。その為には1番になるくらい強くならなきゃいけない。君に比べたらささいな動機かもしれない。
緑谷にいつものおどおどした態度はなく、まっすぐこちらを見るその瞳は記憶の隅の誰かに似ていた。曇りがなく、真摯なその眼差しは、一体誰に似ていたのだろう。もう、思い出せない。
「何で、そこまで……!」
「期待に応えたいんだ……!」
両腕と口元に血を滲ませて、緑谷が向かってくる。
「笑って応えられるような……
カッコイイ
記憶が蘇る。穏やかな声が俺の名を呼ぶ。
「君の境遇も君の決心も、僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも……」
「……」
「全力も出さないで一番になって完全否定なんて、フザケるなって今は思ってる」
ゼファーと出会う前の記憶。親父に殴られて蹲る俺を必死で庇う母の姿。母を殴る父。吐瀉物まみれで泣きながら、見ていることしか出来なかった自分。あんな人間にはなりたくないと母に縋った幼い自分。
―――お母さんをいじめる人になんてなりたくない
―――でも、ヒーローにはなりたいんでしょ?
―――いいのよ、おまえは。強く思う“将来”があるなら……
「だから、僕が勝つ!!」
庭で遊ぶ兄たちを眺めている自分は、エンデヴァーに腕を引かれ窓から遠ざかっていく。
「君を超えて!!」
偶然が重なって家を訪ねたゼファーの存在。
一瞬の救いから、崖に落ちたような転落。
母の限界。
兄の死。
枯れたはずの花が脳裏にちらつく。
母が醜いと言った親父の力を、
親父の血を、親父を、
俺は―――
「親父を―――……」
「君の! 力じゃないか!!」
緑谷の言葉に息を呑む。
寒さも痛みも忘れるほどの衝撃が走って―――
花の香りがした。
俺を優しく抱えてくれた、あの人の手を思い出した。
「冷さんから聞いたよ。焦凍くんはヒーローになりたいって」
ひだまりのような記憶。
俺の人生で、確かに幸福だった数日間。
「俺は、君たちがヒーローを目指していると聞いて、止めるべきかどうかすごく悩んだ。ボロボロになってまでヒーローになる必要があるのか、俺はどうするべきなのか」
「俺が思うに、正しい選択なんてものは誰にも分からないんだ。自分の選択が、ほかの誰かの人生を大きく歪ませてしまう可能性だってある。……いつか、その道を選んだことを後悔するかもしれない。やり直したいと願うかもしれない。この選択が間違っていたと気付く瞬間が来るのかもしれない。……俺はそれが恐ろしい」
「でも、傷ついてほしくない。安全なところにいてほしい。そんなのは、大人のエゴだよな。そんな感情で子供の夢を邪魔しちゃだめだ。ヒーローとか親とか関係なく、子供の夢は応援するものだよな。俺は……一番大事なことを忘れてた。それを思い出させてくれてありがとう」
「俺は、君の夢を応援するよ。君が目指す将来を、俺も守っていくから。一緒に頑張ろうな」
「……ちょっと難しかったか。ごめんな」
ゼファーの大きな手が頭に乗せられる。わしゃわしゃと優しくかき混ぜられて頭が前後に揺れるが痛くも苦しくもなかった。いつかの燈矢兄のような頭になっている自分に、ゼファーは微笑みを浮かべる。曇りの無い真摯な赤を日の光で瞬かせ、俺を見守っている。
―――“個性”というものは親から子へと受け継がれていきます。しかし……本当に大事なのはその繋がりではなく……自分の血肉……自分である! と認識すること。
そう言う意味もあって私はこう言うのさ!
私が来た! ってね―――
俺の憧れたヒーローの言葉。
こうなりたいと、ずっと心にあった目標を。
俺を支えていた人の言葉を、
―――いいのよ、おまえは。
血に囚われることなんかない
「なりたい自分に、なっていいんだよ」
いつの間にか、忘れてしまった。
心臓の深いところから熱いなにかが込み上げてくる。
溢れるようにして外へと放出されていき、冷えて凍っていた俺の体を溶かしていく。
憎らしかった熱、拒絶していた炎が俺を包んでいる。
「俺だって、ヒーローに……!!」
ずっと凍っていた涙腺が溶けたのか視界が滲む。
自然と口角は上がっていた。