小匙一杯ほどの痛いこと


出久と轟の試合が始まる直前、第一試合を終えたお茶子が客席へと戻ってきた。赤く腫れ上がっているまぶたに驚いていると、隣の席で飯田が叫ぶ。「目を潰されたのか!!」お茶子は目元を隠すように誤魔化そうと必死だ。

「お疲れ」
「ありがとう、卯依ちゃん」

眉を下げて笑ったお茶子が、飯田と常闇の間の席へと座る。試合開始の合図が聞こえ、全員の視線がステージの二人へと注がれる。出久の“個性”を警戒する轟が初手に選ぶのは氷結だろう。その規模を直前に判断することは難しい。
なら出久は―――

轟の氷結は出久に襲いかかり、辿り着く前に風圧によって砕かれた。出久が取れる手段は自滅覚悟の相殺。それも無限に出来るわけじゃなく、骨折していない指の数だけしか使えない。ステージの上では二度目の氷結を出久が打ち消している。一回戦での心操戦で折れた二本、今の二回の相殺。―――残りは六本。

「ゲッ 始まってんじゃん!」
「お! 切島二回戦進出やったな!」

切島と上鳴の会話が耳に入る。次の相手である爆豪が「ぶっ殺す」と切島に言うと「やってみな!」と笑う声が聞こえた。大らかだ。私も見習わないと。

「とかいっておめーも轟も、強烈な範囲攻撃ポンポン出してくるからなー……」
「ポンポンじゃねえよナメんな」

爆豪がぼそっと言った発言に切島が「ん?」と不思議そうな声を零す。自然とA組の生徒の視線が爆豪へと集中する。私は爆豪を一瞥してからステージへと視線を戻した。

「筋肉酷使すりゃ筋繊維が切れるし、走り続けりゃ息切れる。“個性”だって身体能力だ。奴にも何らかの“限度”はあるハズだろ」

近接へと移行した轟の氷結が出久の足に届き、腕一本を犠牲にした攻撃で轟を突き放す。これで、両手はもう使えない。

止めとして放たれる氷結が出久に襲いかかり、自然と顎を引いた。
もう終わる。と、確信していた。

けれど、氷結は風圧によって砕かれ轟の体が後ろへと吹き飛ばされる。両手は使えない筈なのに。……最後に見たとき、出久は両手を前に突き出しているように見えた。
―――もしかして、

前のめりになって土煙がかかる出久に視線を向ける。まさか、既に骨折した指を使って攻撃を……? なんて無茶をするのだろう。

試合は終わると思ったのに。
これ以上の怪我はもうしないと思ったのに。
折れた指を繰り返し壊し続けるなんて、正気の沙汰じゃない。

ステージでは出久が一人、轟に向かって何かを話している。その内容までは聞き取れなかったけれど、出久が最後に叫んだ一言は耳に届いた。

「全力でかかって来い!!」

再び距離を縮めた轟の動きが鈍い。氷の長時間の使用は体に影響が出るのだろう。エンデヴァーの逆だ。

出久はその懐に潜り込み、壊れた指を握りこんだ拳で腹部を殴った。思わず口元を抑えた手はそのままに、痛みに表情を歪める出久を見つめる。

―――どうして

「君の! 力じゃないか!!」

―――どうして、そこまで

目の前の光景が信じられずにいると、ステージの右半分が赤く染まる。轟が頑なに使わなかった炎の“個性”。燃え上がる赤が発する熱は客席にまで届き、じりっと肌を焼いた。

「焦凍ォオオオ!!」

聞き覚えのある声が、聞いたことのない大音量で会場に響き、体が跳ねる。声のした方へ顔を向ければ案の定エンデヴァーが居てズンズンと階段を降りながら叫んでいた。

「俺の血をもって俺を超えて行き……俺の野望をお前が果たせ!!」

(あんなにテンション高いエンデヴァー、初めて見たな)

ステージの轟はエンデヴァーの激励? に無反応で、出久と向き合っている。半冷半燃でお互いの“個性”の欠点を打ち消す、か。

炎を出したまま、轟が氷結を繰り出す。ステージ横に待機しているセメントス先生とミッドナイト先生が動き出した。試合を止めるためだろう。足を犠牲にした出久が氷結を避けて飛ぶ。何重にも築かれたコンクリート壁を挟んだ二人の“個性”がぶつかり、鼓膜を裂くような爆発音と爆風が会場を襲い、思わず目を閉じた。