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準決勝がもうすぐ始まる。客席に戻ってきたデクくんと並びフィールドを見下ろすと、それぞれの入場口から二人が出てきた。自然と視線は卯依ちゃんに向いていた。二分割されたモニターの左に映るその顔色は普段とそう変わらないように見える。
―――良かった。

「観客全員……この戦いを待ってただろ!?」

プレゼント・マイク先生の大声に、客席の歓声が更に大きくなる。地面を揺らす程の歓声は暴力的で、思わず身を強ばらせた。
二人が立ち止まる。
風が強く吹き、二人を囲う火が揺れた。

「決勝へ駒を進めるのは炎か、風か! 轟焦凍 対 実操卯依!!」

―――戦いの火蓋が落とされる。


▲ ▽


開始直後、轟の氷結が繰り出された。卯依の視界を一瞬で埋め尽くす氷の攻撃。瀬呂戦で見せた程の規模程ではいかないが、氷の一番高い部分はスタジアムの天井を越えている。
それと同時に、轟は背面に氷の壁を形成していた。騎馬戦で卯依が見せた衝撃波。加えてゼファーが得意としていたサイコキネシスに対応する為の作戦だ。

数秒の沈黙の後、氷塊に亀裂が走る。高く鋭い破裂音が弾け、フィールドを半分埋め尽くしていた氷は砕けた。自然発生ではない風が静かに吹き始め、氷によって冷やされた冷気が客席を通り抜けていく。緑谷は身震いして目を凝らした。
砕け落ちる氷の破片の中、卯依が上空へ飛び上がる姿を見る。

轟が初手で広範囲攻撃を仕掛けてくることを卯依は予想していた。
高度を上げる前にと繰り出される追撃の氷結を、卯依は自身の前方に風を発生させて防ぐ。強い風によって氷が砕け、風で轟の体の軸が揺れた。とん、と背中が氷の壁に当たる。

背後で風が吹く音が聞こえ、轟は振り返る。障害物競走で使ってみせた旋風が背後で発生している。勢いを増した旋風は氷の壁を砕き巻き上げ、轟の頬を掠めた。
見えない足場があるように空中に立つ卯依を強く睨む。氷結は防がれる。
―――炎なら。

轟がそこまで考えたところで卯依が動き出した。卯依の周囲に風が発生し、周囲の砂や小さな氷の破片を巻き上げていく。範囲を広げていく砂嵐が、竜巻となって轟を襲いかかる。自身の前方へと迫った強風に轟は左手を広げた。―――遥か上空まで伸びる竜巻をかき消すように繰り出された氷結は、一部が風によって削られて弾け飛んでいく。
視界を防ぐ土煙。頬を傷付ける氷の破片。
反射で閉じた瞳を開いた時、砂埃の奥に居たはずの卯依の影が消えていた。

「―――!」

右腕を振るったことで砂埃に切れ目が入り、僅かに視界が開ける。卯依は轟のすぐ左に迫っていた。
がら空きの左脇腹に卯依の手が触れる。空気中に白い粒子が散り、卯依の手が僅かに輝く。
轟が左腕に力を込め、

炎を―――、
ぴくりと人差し指が動くだけで、次の瞬間に轟の体は吹き飛ばされていた。
サイコキネシスによるゼロ距離攻撃。念動力によって轟の体はフィールドの外へ向けて強く押し出される。空中で顔を歪め、轟は背後に氷壁を生み出し場外を回避した。
―――炎を使っていれば、頭をよぎるその思考は消えない。

卯依はじっと轟を見据えていた。 “個性”の使用によって色を変える金の瞳。

再び空中へと飛んだ卯依が腕を掲げた。
フィールドの外から地面を滑るように風が巻き上がっていく。

それはサイコキネシスによって浮き上がった瓦礫や氷塊を巻き込み、攻撃力を増していった。卯依の背後に形成されていくその竜巻の余波は客席へも届く。小さな塵がざらりと頬を撫で、観客は勝負の行く末を見届けようと、反射で閉じる目を強引に開く。

氷壁の前で轟は卯依を見上げた。
迷いのない金の瞳。風に吹かれる白い髪。
自分の選択を正しいものにするために、力を尽くす姿。


―――俺はまだ、そこに行けない。


緑谷との戦いを経て、何もかも分からなくなっていた。
これまでの考えを、決意を捨てたわけではない。
長い間抱えていたものを破壊され、忘れていた大切な記憶を思い出し、卯依の言葉を聞いてもなお、

―――これからどうするべきなのか。
自分が、正しいのかさえ分からない。

最大規模へと広がった風の渦。思考の巡りに反比例するように轟の動きは鈍い。ただ苦しそうに自分を見上げている轟の姿に、卯依が僅かに顔をしかめた直後だった。

「負けるな!! 頑張れ!!」

周囲の音をかき消す風の音の中。聞き覚えのある叫びが二人の耳にかろうじて届く。

一瞬で轟の全身に熱い血が駆け巡った。
悩み続ける自分の頬を張られたような感覚に支配され、僅かに俯いた轟がすぐに顔を上げる。
鋭い眼差し。僅かに灯った炎が左側に広がる。

卯依が腕を振り下ろす。
瓦礫と竜巻を掛け合わせた、かつてゼファーも使用していた必殺技。

春疾風

嵐が目前に迫る中、轟の頭に様々な記憶が駆け抜ける。
もういないゼファーの影、限界を叫ぶ母の眼差し、父の存在。
―――左側の炎は瞬く間に燻り、消えていた。