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人が寄らない、関係者以外立ち入り禁止となっている通路。節電のためか電灯すら消えている薄暗い通路で壁に寄りかかる。ずるずると背中をつけたまま座り込み、だらしなく足を投げ出した。誰も通らないし、構わないだろう。ぼうっと暗闇を見つめていた目を閉じて体を休める。正直今すぐにでも横になって眠りたかった。
ここはかろうじてプレゼント・マイク先生の実況が届く。芦戸と常闇の試合は開始数秒で決着がついたようだ。八百万のときもそうだったっけ……騎馬戦の時につついた黒影を思い浮かべる。私だったらどう対応しただろう。常闇に飯田程のスピードは無いから、すぐに上空へ飛んでしまえば黒影は届かないかな。そんなことを考えているうちに次の試合が始まったようだった。
確か、切島と爆豪。
硬化の“個性”を持つ切島に爆破は効かなかったようで、数分試合が続く。カウンター、切島の猛攻。このまま切島が勝つかなと考えていると、驚いたようなアナウンスが届いた。突然爆豪の攻撃が通用した、という内容にひとり首を傾げる。
「爆豪エゲツない絨毯爆撃で三回戦進出!! これでベスト4が出揃った!!」
ゆっくりと立ち上がり入場口へと向かう。なんとなく俯いて歩いていた私は自分以外の足音が聞こえて顔を上げた。視線の先に居る紅白の髪に思わず足を止める。向こうも私に気付いたようで僅かに目を見開いて立ち止まった。ぶつかった視線を逸らしその横を通り過ぎる。数歩進むと背後から「実操」と名を呼ばれ振り返った。轟はこちらに体を向けていた。その表情は初めて見るものだった。
「……」
「……」
「……」
「……なに」
長く続く沈黙に耐え切れずに口を開くと、轟は変わらない顔で目線を下げた。何かを思い悩むような気難しい表情に我慢出来ずに問いただす。
出久との試合で初めて見せた炎。
「親父の道具にはならない」という言葉。
ずっと疑問で仕方のなかったことを。
「前から気になってたんだけど、なんでそんなに拗れたんだよ」
「……エンデヴァーから、何も聞いてないのか」
「去年の暮れに“息子が雄英受ける”って話をされたけど、それ以外はなにも」
轟は眉間に皺を作り私を見た。睨みつける眼差しではなかった。
疑うような、探るような視線に耐えて言葉を待つ。そして、轟の口から溢れるように落ちた発言に、私は言葉を失った。
「俺は“個性”婚で生まれた子供だ」
▲ ▽
緑谷に話したように、実操に俺の過去を話した。実操は静かに俺の話を聞いていた。
両親のこと。
エンデヴァーが望む“個性”を継がなかった兄姉たちのこと。
ある日目の前に現れた、ゼファーというヒーローの話を。
自分たちを救おうとしたゼファーの死。突然知らされた子供の存在。
自分の子供を道具としか見ていない父親も、それを受け入れて生きる実操のことも、なにもかも受け入れ難かった。エンデヴァーの―――父親の“個性”を使わずにNO,1になることで、全てを否定できると思っていた。
自分の選択が正しいと、そう思い切っていた。
ずっと黙って話を聞いていた実操は、「それで」と話し始める。
「出久との試合で炎を使ったってことは、もう吹っ切れたの?」
「……いや」
よくわからない。そう口にした俺に、実操は大きく息を吐いた。自然と持ち上がる顔。視線の先では分かりやすく表情を歪めた実操がいる。
「親が何を望んでいようが、自分の進みたい道を選べばいい。生まれた過程がなんであれ、自分の人生に責任が持てるのは自分だけ」
突き放すように実操が言った。その表情には迷いや憂いが無かった。
自分たちの声だけが響いていた廊下に、スピーカーから音が響き渡る。
「準決勝がまもなく始まります。実操さん、轟くんは所定の場所へ向かうように」
ミッドナイトの声を聞いて卯依が踵を返す。俺は咄嗟に口を開いていた。叫ぶように。
「その選択が正しいものじゃなかったら、どうするんだ」
「……」
「全部、間違いだって、気付いたら」
数歩進んだ先で振り返った実操が、照明の下で瞳を光らせる。
「正しい選択なんて誰にも分からない。だから、―――いつか、自分の選択が“正しかった”と思えるように、力を尽くすしかないでしょ」
真っ直ぐにぶつかってくる眼差し。
実操は「それでも」と言葉を続ける。
「道の途中で間違いに気付いたのなら、そこから変えればいいんじゃない」
ゼファーと同じ赤い瞳を見返す。実操は「このまま話してたら棄権扱いになるんだけど」と冷たく言い、顎を持ち上げて俺を睨みつけた。小さく謝って背中を向ける。それぞれの入場ゲートへと足早に向かう途中で、十年前に見たゼファーの横顔を思い出した。
自分の選択が間違いだと気付いた瞬間が、ゼファーにはあったのだろうか。
それは取り返しがつく道の途中だったのか、と。