慟哭の果てで花が枯れる
選手控え室。すぐに決勝が始まる。だというのに、私の頭にあるのは試合のことではなかった。
エンデヴァーが“個性”婚だったなんて、知らなかった。オールマイトに対する強い対抗心には気付いていた。名前を聞くだけで歪められるその表情を見ていたら誰だって気付くだろう。
エンデヴァーの暴力に晒されていた轟家の人間。
それを止めるべく首を突っ込んでいたゼファーの存在。
轟の言うことが本当なら、ゼファーの存在は轟家にとってどれほど大きなものだったか。
十年前の一件が無ければ、
死んでいなかったら、もしかしたら―――
―――いや、やめよう。
後ろめたさに俯くことはしないって、決めたばかりなのに。
また、同じ思考になっている。
ゼファーの死に縛られたら身動きが取れなくなる。
目的のために、血も“個性”も、なにもかも利用するんだ。
誰かのためじゃなく、誰かに願われた姿でもなく、自分のために生きるんだ。
十年前のことを、過ぎたことを考えていたって仕方ない。
―――でも、
―――どうしても、頭をよぎることがある。
「ゼファーが生きていたら」
この場にゼファーがいたら、被害は少なかったかもしれません。ゼファーだったら、もっと多くの命を救えたかもしれません。
本当に、惜しいヒーローを亡くしました。
ゼファーだったら、
ゼファーだったら、
―――生き残ったのが、ゼファーだったら。
頭を割るような痛みが走り、抑える。“個性”を使い始めてかなりの時間が経過している。薬、は……更衣室に置きっぱなしだった……。
ゼファーが生きていたら、轟は救われていたかもしれない。
火傷を負うことも、家族を失うことも、苦しむことも無かったかもしれない。
全部、可能性の話だ。
私が奪ってしまった、あったかもしれない未来の話。
―――どうして、自分が生き残ってしまったのか。
―――他に助かるべき人がいたのに。
―――私はこの十年で、誰も救えていないのに。
痛みは血管を裂くように続いている。頭を抱えて、白い机に視線を落とす。ぐるぐると脳裏に浮かぶ、轟の言葉。
その選択が正しいものじゃなかったら、全部間違いだって、気付いたら。
ナイトアイの元に留まったこと、オールマイトの隣を選んだこと。ヒーローになると決めたこと。
たくさんの人の願いを聞き入れず、私が選び続けてきたこの道が、正しいものではなかったら……。
いや―――余計なことは考えなくていい。
今更どうにもできない。起きてしまった結果は変わらない。
私にはなにも変えられない。
この道を、馬鹿みたいに進むしかない。
この問答を繰り返すたび、記憶に残っている母のことを思い出す。
“個性”の発現を喜ぶどころか顔を青くして啜り泣いていた母の姿を。
やせ細った細い手首、顔を覆う白く長い髪。
母の最後の言葉は呪いのように私の心臓に刻まれている。
何度も何度も、私の胸を抉ってくる。
―――お願いだから、
バンッ、と大きな音がして控え室の扉が開け放たれる。
胸を強く叩く心臓の音。ゆっくりと視線を向けた先には爆豪が居た。扉を蹴り上げた足が前に出されたまま、爆豪は私の姿を視界に入れると「あ?」と声を出した。
「何でてめェがここに……控え室……あ、ここ2の方かクソが!」
一人自問自答を終えた爆豪から視線を外し、机に置いた自分の両手を見下ろした。
そうだ。私は今、決勝を控えているのだった。
「部屋間違えたのは俺だけどよ……決勝相手にその態度はオイオイオイ……」
入り口からふらふらと歩いてきた爆豪が机の横に立つ。なんだと顔を向ける前に、振り上げられた右腕が振り下ろされた。
「どこ見てんだよ白髪女!!」
目の前で爆発が起こる。
その瞬間、フラッシュバックするように過去の記憶が流れ込んできた。
色の失せた幼い私の小さな世界。
書斎で倒れていた母、私を守って命を落としたゼファー。
視界を灼くあの閃光を、
「聞いてんのかテメェ!!」
胸倉を掴まれ強引に立たされる。すぐそばまで迫った爆豪の顔は怒りに染まっていた。圧迫感から自然と眉間に力が入り、正直に「聞いてなかった」と答えると爆豪は更に目をつりあげた。
「入試ン時から散々舐めた真似してくれたからなァ、ようやくテメェをブッ殺せる」
こんなんがヒーローになったら世も末だ、なんて思っていると、
「なにやってんだよ、かっちゃん!!」
声がして顔を上げると、入り口のところに出久とお茶子の姿があった。二人はドン引きしたように爆豪を見ている。出久はすぐに部屋へ入ってきて、私を掴んでいる爆豪の手を引き剥がそうと手を伸ばす。爆豪は触れられるより先に手を離した。
「卯依ちゃん、大丈夫!?」
「うん」
お茶子が私の傍に駆け寄り、爆豪は大きく舌を打った。あ、爆豪挨拶。
「ゼファーの力、全部俺に使ってこい」
「……」
「―――全力のテメェを、上から捩じ伏せてやる」