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荒々しく控え室を出て行くかっちゃんの背を見送る。卯依ちゃんは崩れた襟元を手で直していた。かっちゃん、どうして卯依ちゃんの控え室に居たんだろう……。
「……何かあったん?」
麗日さんがおずおずと聞くと、卯依ちゃんは「いや、なにも」と答えた。麗日さんはその言葉に「そっか」とだけ呟き、視線を落とす。
「二人こそ、どうしたの」
「……決勝前に緊張してるんじゃないかって思って、見に来たんだ! でも、大丈夫みたいやね」
にっこり笑った麗日さんに、卯依ちゃんは「うん」と頷いた。
「こっちが緊張してきちゃった。今からドキドキしてる」
「……ははっ」
突然聞こえた卯依ちゃんの笑声に、吃驚して固まる。
卯依ちゃんは始めて見る顔で笑っていた。
眉を八の字にして、手の甲で口元を隠して、酷く穏やかな顔で。
近くで見ていた麗日さんも驚いて目を見開いている。
「ど、どうしたん!?」
「なんか……お茶子の言葉に、気が抜けて」
これまでのお手本のような笑みではなかった。素の表情が目に焼き付く。
「それじゃあ、もう行くよ」
「うん……頑張って……」
僕の言葉に卯依ちゃんは「ありがとう」と呟き、控え室を出て行った。
二人で顔を見合わせ、客席へと歩いていく。重い沈黙を壊すように麗日さんが口を開いた。
「飯田くんのお兄さんのことは……伝えなくて良かったんだよね?」
「……うん」
飯田くんの言葉。
インゲニウムが敵に襲われたという事実。
試合を控えた卯依ちゃんには教えるべきではなかっただろう。食堂で飯田くんと卯依ちゃんが話していたのを覚えている。インゲニウムと知人だった卯依ちゃんが、この事実を知ったら……。
客席へ戻った僕たちは一番下の座席へと座った。クラスのみんなはかっちゃんと卯依ちゃん、どちらが勝つかの議論で盛り上がっている。
「なあ、緑谷はどう思う?」
切島くんの言葉に「え!?」と言葉が詰まる。
かっちゃんと、卯依ちゃん。
一体どちらが……。
卯依ちゃんは中長距離攻撃、かっちゃんは近距離攻撃。
かっちゃんが勝つには卯依ちゃんの間合いに入り、戦闘不能にすること。
吹っ飛ばして場外、はお互いに期待していないだろう。
卯依ちゃんが勝つには、突っ込んでくるかっちゃんから距離を保ちつつ、相手の動きを封じて戦闘不能にすること。
かっちゃんは後半になるにつれ、強くなっていく。
それに比べて、卯依ちゃんは―――
「おーい、緑谷?」
「聞こえてねえな、こりゃ」
USJでの出来事を一旦整理するために思い出す。相澤先生の指示を聞いて飛び出していった卯依ちゃん。制御室へ向かい、そこから広場へ戻ってくるまでの時間はそう長くかからなかった。“個性”を使わずにあの広い施設の端から端を行き来したとは考えられない。オールマイトが到着した後、卯依ちゃんはエネルギー弾で敵の腕を砕いていた。ここまでは問題なく“個性”が使えていたと考えるべきだろう。
問題なのはその後のバリア展開。
そして、足元がワープの中に吸い込まれたことによるバリアの解除。
“個性”が解除されたのは意識が逸れたからだろうか。
なにより、その後から卯依ちゃんは“個性”を使う様子が無かった。
オールマイトの危機。
敵を前にした状況でも、ナイフ一本で立ち向かっていた。
例えば青山くんや麗日さんのように、限界を超えると“個性”が使えなくなるのだとしたら……。あの日“個性”を使わなかったのはエネルギーが枯渇していたから? それなら、USJ襲撃事件より今日の方が“個性”をたくさん使用しているのに、どうしてまだ“個性”が使えるんだろう。
そこで頭を過ぎったのは轟くんだ。
氷か炎を片方だけ使い続けると生じるデメリットを、自分の力で解消できる“個性”。
卯依ちゃんも同じようなことが出来るとしたら、
エネルギーの枯渇を、自分の力で解消できるとしたら。
「―――回復、できるのか」
「??」
USJでは回復が出来ない状況だった。何故か。
時間はあった。それ以外の要因だ。
USJには無くて、今はあるもの。
地面は同じコンクリート、場所は―――
グラウンドで行われた個性把握テストでは、問題なく“個性”が使えていた。
屋内で行われた戦闘訓練では植物創造と操作をメインで戦っていた。
共通してあるものは、陽の光と、植物。
USJでは陽の光が届かなかった。植物は……そういえば制御室から戻ってくるときに、卯依ちゃんは周囲の植物を成長させて来ていたっけ。だけど、かっちゃんを助ける為にバリアを張った地点は、植物から遠く離れていた。
「……」
“個性”を使用するためのエネルギーを、日光や植物から吸収することで回復が出来るのだとしたら、環境が整っていれば卯依ちゃんにエネルギー切れはない。
あの時“個性”が使えなくなっていたのは、エネルギーを吸収するための供給源が一つも無かったから―――。
屋外でのトーナメント。一体一のバトル。
暗く分厚い煙が、太陽にかかりはじめていた。