なまあたたかい茨と錆
黄牙の村が煌帝国の支配下に収まり、ハルが一足先に村を出発して数日。とうとうアラジンが出発する日を迎えた。
ドルジ達の手によって旅支度を済ませたアラジンが、馬に乗せられ市へと辿り着く。草原に広がる定期市、アラジンは胸を躍らせる。表情を明るくさせ、何かを探すように視線を彷徨わせた。
「まずはハルを探さないとな」
「うん!」
ドルジの言葉に頷き、アラジンは手を借りて馬を降りる。ハルが身に纏っている鋼鉄の鎧はこの地域でも珍しい。アラジン達は隊商で買い物をするハルの背をすぐに見つけることができた。
「ハルさん!」
振り返ったハルの視界にアラジン達が入る。ハルは手を差し出している店主に硬貨を渡し、食料品などが入った袋を受け取ってからアラジンの元へと歩き出した。手を伸ばせば触れられる距離まで近付いてから挨拶を交わす。ハルの愛馬が嬉しそうにトーヤに擦り寄り、トーヤも嬉しそうにその頬を撫でた。微笑ましそうにそれを見守ってから、ハルはアラジンの服を一瞥する。
「旅支度に問題は無さそうですね」
「うん! でもこの服すごく重いんだ」
「砂漠を越えるのです。それぐらいの装備は必要でしょう」
ハルの言葉にアラジンは悩ましげに唸る。ドルジは戸惑いを隠せない表情で口を開いた。
「お前こそ、そんな格好で砂漠越えって」
「ハル、熱くないの?」
「特別な鎧なので、問題ありません」
「そういえば、初めて会った時もその格好をしていたよね」
「ええ。砂漠でも雪山でも、この鎧はどんな環境にも対応できます」
その言葉にドルジ達はほお、と興味を示したようにハルの鎧に視線を落とした。その後西方の隊商に声をかけ、アラジンとハルがチーシャンまで同行する許可を貰い、黄牙の一族との別れを済ませる。兄弟と間違われて嬉しそうにするアラジンや男衆を横目に、トーヤがハルを見上げて言った。
「ハル」
「? なんでしょうか、トーヤ」
「私達を、何度も助けてくれてありがとう」
トーヤの言葉にハルは閉口する。そんな表情が見えているかのようにトーヤは続けた。鎧の隙間から見える瞳をじっと見つめながら。
「突き飛ばされそうになったときも、兵士に連れて行かれたときも。それにアラジンから聞いたわ。煌帝国の皇女様も、助けてくれたんでしょう?」
「当然のことをしただけです」
「―――レーム帝国の人間である、あなたが?」
ハルは再び口を噤む。ハルは、最後まで自分の素性を明かすことはなかったが、ある程度の予想はできる。
レーム帝国、銀の鎧と剣、卓越した戦闘技術。
騎士然とした、ハルの振る舞い。
「聞いたことがあるの。西方の騎士団のお話」
「……」
「きっと、あなたもその一員よね」
「―――ええ」
やっぱり、と笑ったトーヤの表情は晴れやかだ。ハルは少しだけ不可解そうに首を傾げる。鎧のせいでその傾きは分かりづらい。
「怯えられることはあっても、そんな反応は初めてです。私が恐ろしくはないのですか?」
「だって、ハルだから」
「理由になっていないような」
「家族を何度も助けてくれた、あなただから」
怖くないよ。トーヤが花のように微笑んで言ったその言葉に、ハルは黙りこくったまま思案に耽る。これまで出会った多くの人間にとって「レームの騎士団」とは恐怖の対象だった。―――レームの市民ならともかく、国外の人間からこんな言葉を貰えることがあるとは。
「ハルは誰よりも優しい人ね」
トーヤだって無知ではない。西方の大国であるレーム帝国と、近年侵攻を続ける煌帝国の関係が良好ではないことぐらい知っている。そして自分たちは煌帝国の傘下に入った。これがどういうことを意味するのか、分からない振りはできない。―――煌帝国が村に介入する前にハルが出発したのだって、私達に迷惑をかけないためだろう。傘下に降る前ならともかく、その後もレーム騎士団の一員が駐在していたらどうなっただろうか。それを説明せずに出発したハルの不器用な優しさを、私達は忘れない。
「お兄さんの剣が無事に見つかるよう、祈ってる」
「―――ありがとう、トーヤ」
こうしてアラジンとハルは黄牙の一族と分かれ、チーシャンへ向けた長い旅路を進むことになる。