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檻を出たモルジアナとナージャを待ち受けていたのは、ファティマーの指示によって放たれた猛獣達だった。ナージャが途端に身を強ばらせるのを安心させるように、モルジアナは微笑む。

「全然、大丈夫よ」

そう、大丈夫。

ナージャの手を離して、モルジアナは風に乗るように駆け出す。目前には数体のマウレニアサーベルタイガー。けれど不思議と恐怖はなかった。

―――なぜなら、私の脚は、身体は―――誰よりも、何よりも

目にも止まらぬ速度で繰り出されたモルジアナの蹴りが、攻撃が、猛毒を持った獣たちに畳み掛けられる。

―――速い―――鋭い……強い!!

ものの数秒で全ての猛獣を倒し、その場に立っているのはモルジアナただひとりだった。

モルジアナは暗黒大陸の覇者、最強戦闘民族、ファナリス。

先程まで鎖に繋がれていた少女の本当の力を目の当たりにして、ファティマーの部下が逃げ出す。ファティマーは腰を抜かして言葉を無くしていたが、静かに歩み寄ってくるモルジアナの姿を見て覚悟を決めた。

命乞いをすることもなく自分を殺せと言うファティマーに、モルジアナは冷たい眼光を浴びせ一言言った。「鍵とブローチを返してください」と。牢屋の鍵とブローチを受け取り、大事に握りしめてからモルジアナは背を向ける。

「奴隷のくせに! 飼い主に情けをかけるなんて!」

その言葉に振り返ったモルジアナは、力強い眼差しで断言した。彼女を縛るものは、もうなにも残っていない。

「私はもう、奴隷ではありません!」






牢屋の鍵が見つけられず、開けるのに難儀した結果、モルジアナは自慢の脚力を用いて扉を破壊する。ナージャと共に部屋に足を踏み入れると、そこには多くの捕らわれた人で溢れていた。

ナージャが両親を探す声が聞こえる。モルジアナは自然と視線を彷徨わせ、見覚えのある白いターバンと青髪の小柄な背中に目を奪われた。

「―――あなたは、まさか!?」

忘れるはずがない。街での出来事、迷宮で彼にかけられた言葉が脳裏に蘇る。

モルジアナの言葉で振り返った少年は、彼女が会いたいと願っていた人物だった。




モルジアナとアラジンがお互いに言葉を失っているのを見て、共に捕まった商人が声をかける。なぜ盗賊達に連れられているわけでもないモルジアナがここにいるのか、と首を傾げる彼らに、モルジアナが説明しようと口を開いたのと同時だった。外が急に騒がしくなったのは。

「とにかく、みなさんここを逃げましょう。盗賊に気付かれる前に」
「逃げるったって、手足がこれじゃムリだよ」

モルジアナは手にしていた袋を見せると、中に入っていた枷の鍵を捕らわれた人たちに渡した。

枷を外し、ナージャが両親と再会するのをモルジアナは優しい眼差しで身守る。

「にしても、こんなとこでおねえさんと会うなんてね!」

明るく言ったアラジンの言葉に「はい」と返事を返して、モルジアナは気になっていたことを訪ねた。

「あなたみたいな強い人が、どうして盗賊に捕まっているんですか?」

アラジンは眉を下げて、捕まった経緯をモルジアナに話した。隊商の車に、上から大きな岩を落とされたこと。気を失って気付いたら捕まっていたことを。

「ハルが居なかったのが痛いな」
「うん。一緒に居たら、なんとかなっただろうけれど」
「仕方ないさ。もう隊商に合流してるといいが」

アラジンと商人が話すのを聞いて、モルジアナは目を見開く。

「あの人も、一緒に居るんですか?」
「うん! ハルさんはすごく強いから、ほかの隊商や村の人からお願いされて、今は別の盗賊団を退治しにいってるんだ!」

モルジアナはぽかん、と口を開いていたが、ハッとしたように顔を引き締める。ここを出たら、会えるかもしれない。そんなことを考えながら、捕らわれていた人全員で部屋を出る。モルジアナが先頭に立ち、外へ出るための道を進んでいく。先ほどまで聞こえていたあの慌ただしい音は消え、砦の中は静寂に包まれている。

―――待ち構えている?

警戒するモルジアナの耳に、階段を降りてくる足音が聞こえた。

全員を立ち止まらせ、モルジアナだけがゆっくりと廊下の角に潜む。盗賊が曲がってきたら、勝負は一瞬だ。応援を呼ぶ隙すら与えない。

カシャカシャと聞き慣れない、金属が擦れるような音に疑問を覚えつつ、蹴りを決めるために攻撃姿勢に入る。

音が近付いてくる。
すぐそこ、二メートル、一メートル。

―――いまだ!!

「おっ」

そこに居たのはつい先ほど話題にあがっていたハルの姿。ハルは角に潜んでいるのが見張りの盗賊だと思い込み、剣を振り下ろそうとしていたが、その赤髪に気付いて咄嗟に腕を止める。身を翻す余裕すらなく、向かってくる脚をガードするために腕を出した。

銀色の正体にモルジアナが気付く前に、その腕に放たれた蹴りがぶつかる。凄まじい音を立ててその銀の塊は飛んでいき、廊下の奥の壁に叩きつけられた。

モルジアナは自身の顔から血の気が引いていくのがわかった。

「あ、ハルさん」
「ハルだな」
「吹っ飛んだな」
「すっげー」

後ろで呑気に言う商人達の言葉すら耳に届かない。ハルを知らない人間は盗賊がやってきたのかと怯えていたが、その装いが見慣れない鋼鉄の鎧だと気付くと「国軍か?」と口々に言った。

「すみませんでした!!」

よろよろと立ち上がったハルを見て、モルジアナは目にも止まらない速さで飛んでいくとその足元に跪く。全霊の蹴りを腕に受けたハルは飄々とした様子でモルジアナを立たせると、朗らかな声で言った。「良かった、モルジアナ。無事ですね」と。

あなたが無事じゃないです、とモルジアナは羞恥で赤くなる頬を抑えるのだった。