4
近くの都市に知人が居ると言われ、態勢を立て直すためオアシス都市デリンマーに向かったハルを待っていたのは、見覚えのある商人達だった。
「え、ハル!?」
「―――サアサ?」
顔色の悪いサアサの横には、同じく不安に表情を曇らせるライラの姿もある。ハルが行動を共にしていた隊商長の友人とは、サアサの父のことだったのだ。こんな偶然があるのかとハルが表に出さずに驚いていると、隊商長に詰め寄るライラの口から聞き覚えのある名前が飛び出した。
「モルジアナが一人で盗賊団のアジトに行ったかもしれないんだ! 助けに行かなきゃ!」
「!!」
「すぐに傭兵を雇ってくる。お前たちはここにいなさい」
そう言って背を向けたサアサの父を見送る。ハルは祈るようにして手を組むサアサに、できるだけ優しい声色を心がけて声をかけた。
「モルジアナ、というのは赤髪の少女のことでしょうか」
「そうだけど。ハル、知ってるの?」
「ええ。半年前に会ったことがあって。彼女が一人で盗賊団のアジトに?」
「多分。あいつ、バルバッドに行きたがってたんだ。でも、アジトを避けるために、急遽進路を変更して」
ライラの言葉にハルはしばらく思考に耽る。ファナリスの強さはよく知っている。一晩で戻ってこないのなら、敵に捕まったと考えるべきだろう。敵の数が多かったか、なにかの罠にかかったか―――。黙り込むハルを、二人は不安げに見ている。
「サアサ、アジトの場所を教えていただけますか」
飢えた砂漠ハイエナの居る檻の上に、ナージャが縄でぶら下がっている。命綱であるそれを握っているファティマーは、残酷にもモルジアナの前でその縄を断ち切った。
「やめろ!!」
何かが裂けるような悲鳴と、モルジアナが拘束を解こうと暴れる音だけが辺りに響く。ファティマーの所業に盗賊団達さえも身を竦ませる中で、モルジアナは足枷を壊そうと何度も何度も地面に叩きつけた。けれど、大人のファナリスすら外すことが出来なかったそれはひび割れることさえない。
絶対に助けると約束したというのに、外れない。
どうしても、外せない―――!
死を目前にして涙を流すナージャの表情が目に焼き付く、それが、奴隷になったばかりの自分に重なった。足枷を外そうと必死になっているモルジアナを見つけたのはよりにもよって領主だった。
―――お前の鎖はずっと、一生、絶対に外すことはできないんだよ!
自分の喉から小さな悲鳴のようなものが溢れる。餌にかぶりつこうと鋭い歯をむき出しにするハイエナを、ただ見ていることしか出来ない自分。
日が昇る。朝日が自分を照らし、懐かしい声が聞こえた。その声はモルジアナの名前を呼んでいる。
君の鎖はもう取れたはずだと語りかけるその声に、モルジアナは悔しさに涙を流しながら答える。鎖はついたまま。奴隷だった頃と変わらない。自分は逃げたくても逃げられないのだ。
「そう、それこそが君を捕らえているもの。過去の恐怖。君はもう昔とは違うじゃないか」
暖かい声が語りかける。モルジアナは成長した。主人は死に奴隷制度から解放された。もう、縛っているものはない。
ナージャの叫ぶ声に反応するように、モルジアナは顔をあげる。足枷に繋がれたままの足をしっかりと地面につけて、思い切り大地を蹴り上げる。
―――君を縛れるものなど、この世に何一つ、ない!!
空を高く飛び上がり、モルジアナは檻の中に着地した。察知したハイエナが距離を取ってモルジアナを囲っている。じりじりと距離を縮めるハイエナに対して、モルジアナは咆哮をあげて威嚇した。途端にハイエナは戦意を喪失する。
モルジアナは砂漠ハイエナを捕らえる頑丈な檻に、足枷の錠をぶつけることで壊すと、ナージャを連れて檻の外へ出るのだった。