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盗賊団のアジトが無くなったことにより、隊商は正規のルートを通れるようになった。モルジアナはそれを聞いて胸を撫で下ろす。隊商長とモルジアナの会話を聞いていたアラジンが、手を差し伸べて「一緒に行こう」と提案すると、モルジアナはその手をしっかりと掴んだ。
チーシャンで掴むことのできなかった、小さく、暖かい手を。
これからの旅の無事を祈り、なにより仲間との再会を喜び、二つの隊商によって盛大な宴が開かれた。ハルは面頬を上げるだけで佇まいを崩すことなく、周囲の酒の勧めを上手く躱している。芸を求められたモルジアナが脚力で壁を登っていくのを愉快そうに見たあと、商人の矛先はチビチビと水を飲んでいるハルへと向かった。突然の無茶ぶりにも関わらず、ハルは表情を崩すことなく口を開く。「それでは一曲」そう言うと、後ろで座り休んでいた愛馬の装具入れから手の平ほどの大きさの楽器を取り出す。
不思議そうにそれを身守る商人たちの視線を一身に受けながら、ハルは涙滴状の形をしたそれを口元に添える。そしてゆっくりと奏でられ始めた音楽は、隊商の人間には馴染み深いものだった。
「これ知ってるよ!『隊商の旅』だよね。ハルさん、演奏できるなんて!」
アラジンの言葉に、サアサやライラが目を見開く。ハルが陶笛で演奏したのは、隊商の人間ならほとんどの者が一度は耳にしたことのある曲だ。ハルは旅の途中で商人達が歌うのを何度も聞いているうちに、いつの間にか覚えていたようだった。
隊商長はおおっ、と驚いたように目を丸めてハルを見やる。それから豪快に笑うと、ハルの演奏と重ねるように大きな声で隊商の旅を歌い始めた。ほかの商人もつられるように歌い始め、気付けばほとんどがハルの演奏に合わせて歌っていた。
アラジンはうる覚えの歌詞を楽しそうに口ずさみ、モルジアナは演奏を続けるハルをじっと見ていた。面頬をあげたことで見えている顔の下半分と、演奏のために外された手の装備。初めて見る素肌は日焼けを知らないように白く、焚き火で優しく照らされている。小さな楽器から奏でられる優しい音色に、ぼうっと聞き惚れながらモルジアナは思った。
「(優しい人が作り出す音は、同じように優しいのかしら)」
胸にじんわりと染み込むような暖かい音色は、そっと包み込むような柔らかさのあるものだった。
ハルの演奏する姿を見てサアサは目元を熱くする。昼に感じた恐怖も、全てが消し去られるようだった。盗賊達を倒した人と同一人物だなんて信じられないくらいに穏やかな光景。後ろの馬が音色で目をとろんと蕩けさせるのが見て分かる。眠気なんて吹っ飛ばすような男達の歌声で、広場は騒がしいくらいだけれど……。
―――やっぱり、優しい人には変わりないわ。
演奏が終わり、次々と集まる商人達にハルは少したじろいでいるようだった。ライラの要望でまた別の曲を演奏し始めるハルの横顔を見ながらサアサは考える。
ハルが持つ剣はいつだって誰かを守るためのものだった。理不尽に奪われる側の、弱いものを救うための力。自分はハルにとって守られる対象の人間だった。
そして、剣が向けられる先に居る人間に、ハルは一切の容赦をしない。いや、もしかしたらひと匙程度の慈悲はあるのかもしれない。隊商長から盗賊達に死者は居ないと言われたから。
ハルを怖いと思ってしまったのは、一瞬想像したからだ。赤を基調とした剣先が、自分に向けられるその瞬間を。草の色をした優しい瞳が熱を失い、自分を冷たく見下ろすその光景を。
―――ハルがそんなことをするはずがないのに。
「ほら、サアサもなんか頼んでみろって! コイツ、凄いぞ! 初めて聞く曲でもそこそこ演奏できるんだ!」
「そこそこって……」
少し傷付いたようなハルの呟きに思わず笑いが溢れる。初めて耳にした、ハルの子供のような拗ねた声に胸をくすぐられる。
「そうね、それじゃあ―――」
それからしばらく、広場には楽しげな歌声と―――心休まる音色が鳴り続いていた。