正しくなくても祈って
部屋に入ってきたハルに気付いたアラジンは物寂しい表情を浮かべて笑った。ハルは扉を閉じてから近付くと、その傍らに膝をつく。
「全部任せちゃってごめんね、ハルさん」
「いいえ、報告なら一人居れば事足りますから。……それよりも、少しは休めましたか? 食事は?」
「ううん、ずっとぼうっとしてたから」
力なく微笑むアラジンの表情にハルが口ごもる。そんなハルに、アラジンが「ねえ、ハルさん」と呼びかけた。静かな夜に溶け込むような穏やかな声音にハルが顔をあげる。
「このバルバッドに来るまで長かったねぇ……」
「……そうですね」
「夢の中でウーゴくんが言ってたんだ。この半年で僕に色々あったように、アリババくんにもきっと色々あったんだって」
ハルの脳裏に浮かぶのは昨夜の光景だった。アラジンの差し出した手を取らずに、こちらに背を向けて去っていくアリババの姿と、呆然と立ち尽くすアラジンの小さな体。
「さあ! これからどうしようか!」
「……えっ?」
「ハルさんのお兄さんの剣を探しにいかないと! バルバッドにあるかなあ。もし見つからなかったら次はどこへ行こうか?」
「……」
「シンドバッドおじさんが言ってたシンドリア王国はどうかな。モルさんと一緒に暗黒大陸に行くのもいいよね」
アラジンが笑みを浮かべながら言った言葉に、ハルは何も答えなかった。何を言えばいいのかと必死で考えているハルの右手は行き場を失ったように空中を彷徨っている。
「なんだかお腹空いちゃったなあ。ハルさんも、何か食べに行こうよ! この前食べたエウメラ鯛、もう一度食べたいな」
窓枠から手を離して立ち上がったアラジンの体は、力が抜けたようにその場にへたりこんでしまった。本人さえ急な脱力感に驚いているようで、地面についた手を呆然と見下ろしている。ハルが右手を伸ばし、アラジンの背をそっと摩った。
「なんか……力が入らないや……」
満月を見上げて黙り込んでいるアラジンの背に手を当てていたハルが、意を決したように口を開く。
「二人は話をするべきです」
はっきりとした口調にアラジンは満月に向けていた視線を落とす。
「でも、約束は守れないって」
「その理由を聞いていないでしょう」
「……」
「後悔してからでは遅い……生きているうちに、ちゃんと対話をするべきだと思います」
「―――ハルさん?」
兜をつけているハルの表情は分からない。アラジンがほんの少しだけ気を持ち直したとき、ハルは聞きなれない音が窓の外から聞こえたことで僅かに警戒を強めた。トーン、トーンという一定間隔で聞こえる謎の音が、だんだん大きくなっていく。
「ハルさん?」と不思議そうに名前を呼ぶアラジンを背に庇うようにしてハルが窓から外を覗く。月明かりに照らされた夜景の中、黒い影が視界に浮かび上がり、落ちるようにして建物の影に消えていく。
「?? ……!?」
一瞬で近付いてきたその影の正体に気付いたハルが体を強ばらせる。即座にアラジンを抱えて移動したハルが居た場所に、外からなにかが投げ込まれた。驚いて目を丸めるアラジンとハルの眼前を転がっていく人物には見覚えがある。
恐怖で涙を浮かべているオレンジ色の瞳、月明かりに照らされて輝く金色の頭髪。二人の話題の人物であるアリババだ。
アリババを部屋に投げたモルジアナは窓から部屋へ入ると、壁に衝突してひっくり返っているアリババへ鋭い視線を向けた。
―――モルジアナ、姿を見ないと思ったら。
ハルが驚きで言葉を失いつつモルジアナからアリババへと視線を移す。同じようにアリババを見つめるアラジンも、突然のことに言葉が出ないようだった。
「よ……よお」
静寂を終わらせたのは逆さになったままのアリババ。
「夜中に悪ィな……アラジン、ハル」
その表情や声の温度は、アラジンとハルがよく知る少年のものだった。