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昨夜貴族の屋敷を襲ったのは霧の団ではなく、一般市民だった。その事実にハルが目を見開く。貧困に耐えかねたスラムの住人が、飢えのあまり貴族の屋敷を襲ったのだ。他国の惨状にハルは言葉を失う。

バルバッドは以前より貧富の差が拡がっており、その理由の一端が、帝国の介入を受け国の経済が混乱状態にあるためだとジャーファルは話した。ジャーファルが取り出した紙切れは、煌帝国が発行する紙幣「煌」。それに加えバルバッド王が煌帝国の皇女と婚約をしていることを告げると、シンドバッドは途端に表情を険しくさせた。

「あのヤロー……なんでそんなこと俺に言わねーんだよ」
「……盗賊団が所有していた魔法道具はどれも高度な代物でした。あれは、元々バルバッドの国庫に保管されていたものなのでしょうか」
「俺の知る限りバルバッドは魔法道具の類を所持していなかった筈だ。先王の死後にアブマドが収集するにしてもツテがないだろうし……盗賊団に武器を斡旋している協力者がいるんだろうな」
「敵がジンの金属器やその他魔法道具をあれだけ擁しているならば、こちらも出方を変えねば厳しいかもしれませんね」

本国に連絡を取るべきだと提案するジャーファルにシンドバッドが頷く。金属器が手元にない以上、戦う手段が限られる。シンドバッドは視線を俯きがちに立っているハルへと向けた。ジャーファルからの報告では不思議な技を使っていたのはハルもだ。視界から一瞬で消え移動していたというじゃないか。

―――空気に奔る赤い閃光か……。考えられるとしたら俺や盗賊団頭領と同じ……。シンドバッドの視線が落ち、ハルの腰のあたりに向けられる。赤い外套がかかっているせいで柄の一部しか見ることは出来ないが。マギと行動を共にしているんだ、可能性はある。

……それだけじゃない。見かけによらない剛力であることはなんとなく察していたが、素手の攻撃で大男を気絶させ吹き飛ばせるほどとは。あの細腕では想像できないな。

ハルの視線がシンドバッドへ向く前に、シンドバッドは背後のマスルールへと視線を移した。

―――ハルもファナリス……いや、混血か? マスルールやモルジアナに似た特徴は、彼女には見受けられないが。そもそも俺、ハルの素顔を見たことないしな……。

「……バルバッドの王は、この国を守る意志があるのでしょうか」
「……ん?」
「シンドバッド王は、国王と言葉を交わしたのですよね。では、王の人柄や、今後の指標をご存知のはず。……王はこれからバルバッドの民をどう導くおつもりなのでしょうか」

ハルの言葉を聞いて思い浮かぶバルバッド王の姿は、鼻をほじり自国の民をアホと罵るアブマドの姿だった。盗賊団の影響で交易は不可能、と自分の要求を突っぱねる短い腕。王らしからぬ言動と振る舞い。

「……いや、あいつが何を考えているか、俺にはさっぱり分からない。煌帝国との婚約という大事な情報を伏せられていたんだ。今回の件も俺達が盗賊を退治したらラッキーぐらいの考えだったんだろう」
「……シンドリア国王に盗賊団退治をさせている時点で王としての資質は疑っていましたが、想像以上の人間性に言葉もありません」
「ハハ……」
「この国の問題は盗賊団の退治だけで解決出来るものではない。国王に、苦しんでいる民を助けるという意志がないのであれば」

これでもかと強く握り締められた拳に気付いたシンドバッドが、意外そうに目を丸めた。友人のアリババが盗賊団頭領と判明したときでさえハルは冷静さを保っているように見えた。意識的に感情を抑えているのか、声は普段のハルだが……。

「今は体を休めよう。今日は国軍だけで警備の手が足りているというし、立て続けに霧の団の襲撃を受ける可能性は低いだろう」
「……はい」
「そういえば……アラジンは?」

シンドバッドの問にジャーファルが答える。

「気落ちしてしまって……部屋で休んでいます。マギといっても普通の子供なんですね」
「そうか。ハル、悪いがアラジンのことを頼めるか?」

シンドバッドの言葉に頷いたハルが静かに部屋を退出する。ホテルの通路を進むハルの頭にあるのは、バルバッドの町並みだった。そこに暮らす民が苦しんでいるというのに、王は何をしているのだろう。

霧の団は、そんな王政に抗うために盗賊団になったのだろうか。そう考えたらアリババが盗賊団に与する理由も分かる。

―――だとしても、肯定はできないが。

部屋へと辿り付き、扉を開く。ハルが見たのは窓枠から遠くの月を見上げるアラジンの背中だ。ただでさえ小さなそれが今にも消えてしまいそうに思えて、ハルはそっと唇を噛んだ。