ナイトメア星雲


王宮の前には多くのバルバッド国民が集い、その後方にはアラジンとモルジアナの姿があった。アリババくんは大丈夫だろうかと心配するアラジンに、モルジアナはきっと大丈夫と返す。アリババの名前を叫ぶ国民に囲まれながら、彼はこんなにも慕われているのだから、と。

希望や願い。
真っ直ぐな想いを王宮へと向ける国民のルフは白く輝いていた。

アラジンがじっと王宮を見上げていると、背後から何かが近づいてくる。ルフがざわつき、異変を感じ取ったアラジンが振り返ると、視界を埋め尽くすような黒が現れた。

視界が晴れアラジンが目を見開いて確認すると、そこにはバルバッドでは珍しい格好をした青年がいた。
黒い髪と衣装、金の首飾りと腕輪。
血のように赤い、温度の無い瞳。

二人の視線が一瞬交わり、青年の赤い瞳はすぐに逸らされる。

人ごみを押しのけて王宮へと向かっていくその背を、アラジンはただ見つめる。アラジンの中に強烈な違和感だけを残して、青年の姿は見えなくなった。

―――なんだろう……。今、一瞬だけ……。
あの人が黒い太陽に見えた気がした……。




バルバッド国王との会談を終え、霧の団のアジトへ戻ってきたアリババは口を固く閉ざしたままだった。アラジン、ハル、モルジアナの三人は気遣わしげに寝台へ腰掛けるアリババを見下ろす。

「アリババくん、王様とは話せたのかい?」
「……話どころじゃなかったよ」

アラジンの言葉に、アリババは俯いたまま答えた。自分はアブマドに人間とも思われていなかった。自分の言葉や、これまでの行動にはなんの意味も無かったのだ。

モルジアナが言葉を探している横で、アラジンは少し考えてから「そんなことないよ」とアリババの名を呼んだ。廃灯台の周辺にはバルバッドの国民が集い、アリババの言葉を待っている。こんなにも多くの人が、アリババの行動によって心を動かされたのだ。

「なんにもならなかったワケじゃないよ。今日、君が変えたことが確かにあるよ!」
「……ありがとう、アラジン」
「でも、これからどうしましょうか。霧の団や、外にいる人たちに事情を知らせないわけにはいかないように思います」

モルジアナの言葉に、アリババは再び顔を覆って俯いた。交渉が決裂してしまったこと、今後の方針も決まっていない自分が、彼らになにを、どう伝えればいいのか、アリババにはわからなかった。頭の中がぐちゃぐちゃで、王宮で吐き捨てられたアブマドの言葉が駆け巡る。

「…………」

これまで黙り込んでいたハルに、アラジンが不思議そうに視線を向けた。思えばバルバッドに来てから、ハルの口数が極端に減っている。特に、霧の団と遭遇してから。兜のせいで、ハルがどんな表情をしているのかは分からなかった。

「ハルさん?」
「……すみません、考え事をしていて。……どんな結果でも、会談の結果は皆に周知するべきでしょう。それに、次の手がないわけでは」
「! 本当に!?」
「はい。ですが、アリババには辛い選択をさせることになってしまいますが」

ハルの視線を一身に受け、アリババが首を傾げる。ハルの口調に普段の鋭さは無く、どこか不安げなハルの心情が珍しく表に出ているようだった。アラジンとモルジアナが同じように目を瞬かせ、ハルの言葉の続きを待つ。同時に、扉を叩く音が部屋に響いた。

扉が開き顔を出したのはジャーファルとマスルールの二人だった。シンドバッドが霧の団の皆に会談の結果を伝える。ジャーファルの言葉に、アリババは体を強ばらせて冷や汗を流した。心の準備が出来ていないまま二人の後に続き、部屋を出る。アラジンら三人も顔を見合わせ、その背を追った。

シンドバッドとアリババが霧の団のメンバーが集った集会場に立つ。全員が懇願するような表情でアリババを見ていたが、シンドバッドの口から聞かされたのは国王との交渉が決裂したというものだった。その言葉を聞き、全員の表情に絶望が浮かぶ。これまでの地獄が続いていくのだと、そう突きつけられた人間の表情にアリババは深く俯いた。
自分の無力さが不甲斐なくて拳を握っていた。

もう自分たちはお終いだ、そう諦めた発言にシンドバッドは間髪入れずに返す。

「何が、お終いなんだ?」