天使の名残が笑う


しばらく平坦な砂漠を進んでいると、突如前方にあった荷車が後ろへと倒れた。驚いて暴れる馬をハルがなんとか落ち着かせていると、大地が波のように揺れ始める。

ハルが騎乗したまま荷車の前に回り込み、中を確認した。壁に叩きつけられたものの、乗客に目立った怪我人は居なかった。アラジンも驚いてはいるが怪我はしていない。ハルが安心して息をつく暇もなく、荷車のすぐ横の地面が消えていった。砂がみるみるうちに下降へと流れていき、砂漠に大きな穴が出来上がる。

ハルは馬から飛び降りて遠ざけると、荷台に乗っていた人間を降ろすのに手を貸した。最後の運転手を地面に降ろしてから辺りを見渡したハルは、遠くにある荷車が穴に吸い込まれていくのを確認した。穴の中心には巨大な肉食植物が存在しており、獲物を捕らえるために触手を四方に伸ばしている。

「アラジン、穴から離れていてください!」

返事も聞かずに駆け出したハルの背を呼び止める声が二人。危ないと引き止めたアリババ、衝撃で散らばった酒を回収する人手が欲しかったブーデル。ハルは結局どちらの静止も聞かずに、ほとんど穴に落ちかけてしまっている荷車へと近付いた。中には逃げ遅れた乗客が多く残っている。上から荷車を掴んで耐えていた男達の足に、肉食植物の触手が巻き付いた。先を想像して青褪めた男が力を緩めた直後、荷車がおおきく傾く。途端に大きくなった悲鳴と同時に、触手に引っ張られて男達が倒れ込んでしまった。

「だっ、誰か!!」

砂をかいて抗う男の視界に、鋼鉄の鎧が見えた。直後、足を引っ張っていた力から解放されて男達は瞠目する。ばっと足元に目を向けると、触手はすっぱりと斬られ、穴へと引っ込んでいった。

自分達を助けたハルは剣についた液を払うと、だいぶ沈み込んでいる荷車を片手で掴む。誰もが諦めかけていたが、ハルが引いた荷車がゆっくりと状態を立て直し地上へと戻ってくるのを目の当たりにして驚愕した。

呆然と見ていた男達も顔を見合わせて頷き合い、ハルの横に並んで取り残された人達を救うために力を尽くす。数秒で穴から離れた地点まで引っ張り上げられた荷台から、逃げ遅れていた人達が飛び出してくる。ハルは自身にかけられる言葉をほとんど聞き流してアラジンの元へと向かった。全員でここを離れなければならない。人の波を掻い潜ってハルが見たものは、穴へ落ちていく小さな少女の姿だった。