げんじつぜんぶわるいゆめ


王国軍の兵士の姿に辺りが騒然とする。
しかし、兵士の様子は落ち着いたもので武器を携えてはいるが構えてはいなかった。敵意すら感じられないその光景にアリババが首を傾げる。

先頭を歩く男に、アリババは見覚えがあった。
バルバッドの将軍、バルカーク。
兵士が並んだ道を入ってきた馬車の中から、一人の男が降りてくる。その人物に、アリババの顔は驚愕に染まった。

バルバッド王国の副王。
サブマド・サルージャ。

公に姿を表すことの少なかった副王の存在に、霧の団の団員たちは塔の上から警戒するように見下ろす。アリババが駆け出し塔を降りていくのを見て、シンドバッドたちも続いた。

副王の密命。アリババに会いに来たというサブマドに、アリババが小さく兄の名を呼ぶ。サブマドは自身に突き刺さる視線に怯えていた。緊張で汗を流し体が小刻みに震えている。

盗賊団の頭領となっている弟と、人前に出るだけで足が震えてしまう自分。

とうとう顔を覆ってしまったサブマドの肩を、バルカークが力強く掴む。
背を押されるように、サブマドは拳を握って顔を上げた。
国軍にとって、霧の団のアジトは敵地。副王が命懸けで赴いた覚悟は計り知れない。

「よう、サブマドじゃねーか」

アリババへ追いついたシンドバッドが腕をあげる。その後ろをモルジアナとハルもやってきた。

話し合いの場を設けること。サブマド、兵士たちの身の安全を保証することを約束したシンドバッドに、サブマドは言った。謝らなければいけないことがある。シンドバッドはその先に続く言葉を予想していたのか、言い当てるように答えた。

霧の団に国軍の情報を流していた者。
シンドバッドが霧の団を追っているとリークした者。

「全部お前だったワケだな……? サブマド!」

指をさされたサブマドは慌てることもなく、仕方がなかったと肯定した。シンドバッドに霧の団の潰させるわけにはいかなかった、と。

サブマドは霧の団と組んでいたわけではない。
直接会ったことさえなかった。

「それでも情報を流して助けたのは……アリババがいたからさ」
「!」
「アリババのいる霧の団なら、この国をなんとかしてくれると思ったんだ。
……アリババは昔から僕にできないことをやってのける人だったもの」

サブマドは続けた。アリババに兄を止めて欲しかった。その言葉を聞いて、シンドバッドは疑問を口にする。

「確かに、この国の惨状は目に余る」

それは王であるアブマドの責任なのかもしれない。
―――だとしても、副王が賊に手を貸すことは異常だ。
サブマドは一体、アブマドの何を恐れているのか。

「そ、そうだね……僕は兄さんが怖いよ。……でも、本当に怖いのは兄さんがやろうとしていることなんだ」

途端に青ざめ、震え始めたサブマドの様子にシンドバッドの顔が曇る。見かねたバルカークが前に出て、この国に起こった異変について、語りだした。

それは先王が病に倒れた頃から始まった。

当時、経済状況が下降の一途を辿っていたバルバッド王国。見計らったように、その男は現れた。「銀行屋」を名乗る、各国を練り歩き財政顧問を請け負っている男。その提案に乗ったアブマドに、男は煌帝国で発行されている「煌」という紙幣を貸し出したという。

煌帝国やその近隣諸侯との貿易で、ただの紙切れだった「煌」は高価な金品や工芸品、調度品に変わっていった。アブマドはその結果を喜び、煌帝国の紙幣をバルバッド王国でも使うことに決めたという。バルバッドが物資を輸入する時は代金として「煌」を支払い、輸入する時は「煌」を受け取る。

「煌」が足りなくなると、銀行屋がいくらでも貸し出した。けれど、それには僅かであったが利子が付けられており、気付けばバルバッドの経済は煌帝国の紙幣、「煌」に依存するようになっていた。

紙幣の価値は常に変動する。

「1煌」で買えていたものが突然「2煌」の価値に、「2煌」で売れていたものが「1煌」の価値に。煌帝国の紙幣に頼りきっていたバルバッドは、その度に大きな損害を受けていった。

借入金額はいつの間にか膨れ上がり、利子の返済に苦しむようになっていた。同時期に発生した「霧の団」の騒動。対応するための軍事費もかさんでいく。借金をするために借金を重ねていったが、銀行屋は担保として様々なものを差し押さえていった。

海洋権
制空権
国土の利権
通商権

話を聞いている全員の顔があおざめていく。自分たちの知らない所で起こっていたバルバッド王国、その内情。だが、それを目の当たりにしていた筈の王族や貴族、官僚達は危機感を抱くことはなかったという。国の借金によって自分たちの生活は潤っていたからだ。
高い税金と社会保障の壊滅によって、多くの国民が苦しんでいたにも関わらず。

担保に入れられる資産は残っていない。もう「煌」を貸し出しては貰えない。そう言った官僚の言葉にアブマドは言った。

次の担保は「国民」である。
通商権の次は、国民の「人権」を担保に入れればいい。
そうすれば、これからも「煌」を借りられる。

アブマドは、バルバッドの国民を売るつもりだった。
煌帝国やレーム、パルテビアに労働という「資本」として……。

「兄さんはバルバッドを、奴隷産出国にするつもりなんだよ……!!」