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サブマドと王国軍がアジトを去った直後、アリババを呼び止めたのはハルだった。
バルバッドの経済状況、奴隷産出国、五日後の調印式。
自身に突きつけられた問題と期待の重さに、今にも崩れ落ちそうだった。
王国軍の来訪で中断されていた治療を再会させるため、団員たちは慌ただしく建物の中へと戻っていく。モルジアナ、シンドバッドも去り、外に残っているのはハルとアリババのみ。
「……大丈夫、ですか」
ハルの言葉に、アリババは目が潤むのが分かった。
振り払うように頭を振って笑いかける。無理やり作ったその笑みに布の下でハルが眉を下げた。それに気付いたアリババが上がっていた口角を下ろし、呟くように口を開く。
「色々ありすぎて、頭が追いついてねえよ」
カシムとの再会。霧の団の頭領として過ごした日々。
自分の行動は仲間たちを救う未来に繋がると信じていた。なのに、
―――どれも、上手くいかなかった。
今後、どうすればいいのか。どんな手段を使えば現状の問題が解決するのか。自分には思いつかない。
なにより、自分には力がない。
(シンドバッドさんのような力が、俺には無い)
サブマドの助けを求める声に、アリババは答えられなかった。
何も言えずにただ、立っていただけ。シンドバッドが場を収めるのを、見ていただけ。
気遣わしげに向けられるハルの視線。自分を誤魔化すように、アリババは口を開いた。
「結局聞けてなかったな。……ハルが言ってた、次の手って?」
アリババの問いに、ハルは驚いた様子もなく「ああ、」と零した。そういえばそんな話をしていたな、と思い出すような軽い呟きの後に言葉が続く。
「あなたが、バルバッドの王になることです」
一定の感情、淡々とした口調で告げられた発言に、アリババは目を見開いて固まった。自分は聞き間違えたのだろうかと、僅かに首を傾ける。
布で隠されたハルの表情は見えない。
「―――は、?」
伝わらなかったと判断したハルが続ける。
「それから、アブマド、サブマド両名の処断。腐敗した貴族や官僚も同様です。彼らからただ権力や財を奪うだけでは民が納得しないでしょう」
「……」
「正直、ここまで他国が政治に介入しているとは思っていませんでした。……無傷でバルバッドを守ることは不可能だと思っています。あなたが煌帝国の姫君と結婚することになるかもしれません」
「ちょ、っと―――」
「バルバッドの自治が無理でも、せめて国民を守る為に交渉が出来るよう、あなたには後ろ盾が必要になる。シンドバッド王に、バルバッドの七海連合への加盟を交渉してはいかがでしょうか」
ハルの言葉を遮るように「待てって!」とアリババが叫ぶ。
ハルは素直に口を閉じた。
―――俺がバルバッドの王? 七海連合への加盟? 煌帝国の皇女と結婚?
―――いや、それよりも、
「アブマド、サブマド兄さんの処断って……」
「彼らの行いを考慮すれば極刑が望ましいと思いますが、なにか問題でも?」
アリババは信じられないものを見るようにハルを見た。草色の瞳がまっすぐにアリババを見ている。穢れを知らない子供のような瞳が恐ろしくなって、アリババは目を逸した。
「あるに決まってるだろ……!」
振り絞るような叫びに、ハルは目を丸めるばかりだ。
「ですが、アブマドを王に据えたままではいけない。暗君は国を滅ぼします。民無くして王は王と呼ばれない。現状、彼に君主としての存在価値はないでしょう」
気を取り直したように顔を持ち上げ、ハルは言い放つ。一切の情を切り捨てるような言葉に、アリババは必死で言葉を探す。
結局、アリババはハルに一言謝罪を口にしてからその場を後にすることしか出来なかった。
―――そうして、長い夜が明ける。