喰えよ、喰えよ、喰えよ


民衆の背後から武装した一団がやってくる。自然と道が開け、先導していたカシムが正門へと至った。カシムは真っ直ぐに王宮の上のアリババを見上げる。
カシムの言葉を民衆が待つ。カシムは声を張り上げて語った。それはアリババへ向けてではなく、王宮を取り囲む民衆に向けたものだった。

バルバッドが共和制になることで、王のものであった国のすべては国民に等しく分け与えられる。

「だが、その言い分は、ごまかしではないのか?」

カシムの鋭い視線が周囲の国民へ向けられる。
この国のすべては国民が血と汗を流し築いたもので、元々国民のものであったはずだ。

「それを無能な政治で食いつぶし、そのツケを俺たちにかぶせたのは誰だ?」

人々の表情から笑みが消える。思い出されるのはこの数年の地獄。増えていく重税で失われていった多くのものたち。満足に食事を摂ることも出来ずに弱っていき、己の腕の中で命を落としていった最愛の家族の末路。

「共和制がなんだ……死んだ者は帰ってこないんだぞ!?」

カシムの叫びに国民が深く俯く。かつて確かにあった平穏な日々。穏やかで、幸せだった記憶。今の生活が改善されようと、国が生まれ変わろうと、奪われたものが帰ってくることはない。

王政が消えれば王族たちの罪が消えるのだろうか。
―――消えるはずもない。

「王族共は、やはり俺たちの倒すべき敵なのだッ!!!」

カシムが黒縛霧刀の剣先をアリババへと向ける。驚愕で言葉を失うアリババ。赤い霧が地を這うように広がっていく。国民たちの瞳は暗澹と鈍く光り、激しい憎悪を煮えたぎらせていた。

「俺たちの国を貪ってきた、王族・貴族・国軍共を全員処刑せよ!!」

復讐心に駆られ王宮へと走る民衆。



―――なにもかもが上手くいくはずだった。
誰の血も流さず、犠牲を出さずに、この国を救えるはずだった。
理解出来ないと表情を険しくさせるアリババを見据え、カシムは胸中で謝罪を口にする。

これがカシムの答えだった。

「皆殺しにしろ!!」

カシムの言葉によって扇動された民衆が、武器を手に兵士を殺していく。王宮の外へも争いが広がり、国軍は反乱軍の王宮内への侵入を許していた。本殿には負傷者が運び込まれ、その治療に追われている。
凄惨たる光景、今もなお増え続ける犠牲者の数。

国軍総攻撃の命令を求められたサブマドがアリババに助けを求める。
アリババは至極冷静に国軍への指示を出した。半数は正門で反乱軍の侵入を阻止、残りは王宮内部に侵入した者の制圧。

「ハル、正門の守りを頼めるか」

こくりと頷いて走り去るハルを見送り、アリババは覚悟を決めた眼差しで続けた。

「敵の頭領の元へは、俺が行く。―――カシムは、俺が止める」

本殿の階段を駆け下り、ハルが塔の上から飛び降りる。軽やかに着地すると、城壁の上へ飛び乗り城下を見下ろした。正門前で国軍と反乱軍そして民衆が戦闘を始めている。城壁から飛び降りたハルは鞘に仕舞ったままの金属器の柄に左手で触れ、僅かにジンの力を借りると、瞬きよりも早く反乱軍の背後へと迫った。今まさに兵士の首を切りつけようとしている男の首に容赦なく手刀を叩き込むと、男の体が崩れ落ちる。勢いを失った男の剣は軽い音を出して兵士の剣にぶつかり落ちた。

気絶した男を呆然と見る兵士の前でハルは体を翻す。迫り来る群衆を前に、剣帯に下がる宝剣へ手を伸ばした。

犠牲は最小限に。
弱者も悪も、今は考えなくていい。

(アリババの友として、彼の故郷の民を守る。それだけでいい)


本殿へと向かう道中、道を塞ぐ兵士を悉く切り伏せた霧の団の幹部たちが炎の壁によってその足を止める。かつては自分たちを兵士から逃がすために使われていた炎が、捕らえるために燃え上がっていた。

炎の熱をもろともせずに壁を越えたアリババが、正面からカシムと対峙する。
アリババは厳しい表情で叫ぶ。王政は終わった。血を流す必要はどこにもなかった。
それなのに、今もバルバッドの国中で血が流れ続けている。
どうして、こんな選択をしたのか。

「―――答えろカシム!!」

カシムは口角をあげ、言った。

「お前こそ、どういうつもりなんだ? アリババ」

平等、王のいない国。

「そんなもの……いつ俺が求めたっていうんだ?」

黒縛霧刀から放たれた攻撃がアリババをおそう。カシムの後ろに控えていた幹部が、同じ黒縛霧刀を構え、アリババへの追撃を行った。反乱軍は魔法武器を増やしていたのだ。アモンの炎で黒い霧を消し飛ばした直後、吹きかけられた赤い霧によってアリババの視界が歪む。

そんなアリババに、カシムはどこか脱力した様子で話しかける。

「お前は、王族の子は王族として生きるべきだと思うか? ……スラムのガキは、一生スラムで生きるべきだと思うか……?」

黒霧によって拘束されたアリババへ、カシムが武器を構えた。黒い霧を頭上へ凝縮させていく。

「俺はそうは思わねぇ。誰もが同じ人間だ。だから……誰にでも、王になる資格が……あるはずだ!」

一直線にアリババへ放たれた攻撃。
球体のそれはアリババを潰す直前に真っ二つに切り裂かれた。カシムが初めて目撃する、武器化魔装状態のアモンの剣。

驚愕に目を見張るカシムへ、アリババは叫ぶ。

「つまりお前は、自分が王になりたかっただけだって言うんだな……!!」

高熱の剣から発生する蒸気がたちのぼる。

「そんなお前一人の勝手な野望に、これ以上、何も巻き込むことは許さねぇ!!」