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魔人に向かって駆け出したモルジアナの体が引っ張られるように宙を浮く。抵抗することもできずに魔人の右手へ吸い込まれていったモルジアナの体は、一瞬のうちに城壁の外へ吹き飛ばされていた。勢いは止まらず、モルジアナは城下町の建物に叩きつけられる。

ダメージで立ち上がれないモルジアナの視界に、信じられないものが飛び込んでくる。遠く離れていても分かる大きさの魔人、その右手に生み出された黒い霧の固まり。電気が発生するような音が空気を弾く。
到底、アモンの剣で防ぎきれるものではなかった。

その攻撃は王宮にいる二人の元王族へと向けられる。
退避も間に合わず、目を潰す暴力的な光が視界を埋め尽くし照らす。

誰もが助けられないと諦めていた。
死を悟っていた。

恐れることもなく魔人へと飛び乗る、男の姿を見るまでは。

「シンドバッドさん!!」

角を掴み、シンドバッドは魔人の体内へと片手を突き刺す。今にも放たれそうになっていた黒い玉はその形を保っていられずに消失した。かつて自分の体を拘束していたカシムの黒い霧を消したときと同じ。

「魔力操作」
自身と対象の魔力を相殺させ、無力化させる技。

魔人の体から流れ込んだ黒いルフの宿った魔力が、腕を通りシンドバッドの肉体を傷付ける。体の内側から壊すように魔力が走り、バルバッドは血を吐き出した。瞳からも血が流れ出ている。

カシムこいつにとどめを刺せ! 君の剣にしかできない!!」

魔人にはカシムの意思が反映されている。バルバッドの王族、王政に関わったすべての人間を皆殺しにするという革命の意思。

「それだけは、させてはならない!」

魔人の翼。鋭く尖った刃がシンドバッドの背中を突き刺す。煩わしい男を振り落とすための攻撃に、シンドバッドは一切怯むこともない。

血で成された革命は、大義さえ掲げればあらゆる暴力を正当化する世界を生み出す。
そして、民衆は血の革命を繰り返す。

シンドバッドの脳裏に浮かぶのは祖国の姿。
革命によって奪われた多くのものたち。

バルバッドは今、そうなろうとしている。

「そこから国を救い出せるのは、無血革命を掲げた君しかいないんだ!! 斬れ!!」

アモンの剣を手にアリババが駆ける。今も傷ついているバルバッドの民。
これ以上誰も傷つけさせない。そのための戦い。

大剣が魔人の腹へと突き出される。しかし、その刃は魔人へ届いてはいなかった。
凄まじい力によって剣が押し戻される。

―――アモンよ、俺に力を……。

燃えるような高温、武器化魔装が進み、アリババの腕が姿を変える。威力を増したアモンの剣は徐々に魔人の腹部へと刺さっていった。アリババの眼前で、魔人の腹部が姿を変える。身体の表面が蠢き、中から姿を表したのは人の顔。

「アリ……ババ……?」

友人の声にアリババの力が一瞬緩む。その瞬間にアリババは魔人の攻撃によって吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられた。魔人の手によってシンドバッドも引き剥がされ、同様に投げ飛ばされる。魔人が使う重力魔法。強力な斥力によって近付くことさえ叶わない。先ほどの攻撃によって魔人の腹部からは魔力が漏れていた。修復に手まどっているその姿を見て、シンドバッドが言った。全ての力を一撃に込めば必ず貫ける。
応えるようにアリババが剣に魔力を込める。それを阻むように魔人は魔法によってアリババの体を引き寄せた。モルジアナが伸ばした手は届かず、アリババの体は無防備に魔人の攻撃へと晒される。

ぐっと目を閉じたアリババの体に衝撃は来ない。地面へと落ちた体に驚き、顔を上げる。視界に映るは自分と魔人の間に割り入る国軍兵士の姿。サブマド、バルカークの指示によって勇猛にも魔人へと挑む兵士達。

四方から魔人を囲い槍で突く。その攻撃は確かに、魔人の魔力を消費させていた。押し返す力に対抗するように槍を強く握る兵士の手からは血が滲んでいる。

全員に共通する強い想い。
「こんな化け物に屈してなるものか」
「この国を渡してたまるか」
バルバッドを、自分の故郷を守らなければならないという決意。

魔人の動きが止まる。シンドバッドの協力を得て剣先へ魔力を集中させたアリババが、再び魔人へ向かう。この場にいる彼らだけではない。「この国を救う」その願いのためにこれまで散っていった者たちの意志を継ぎ、背負い、アリババは地を蹴った。

―――この一撃で、全部、終わらせるんだ!!

戦いの終わり。希望を抱いて力を振り絞る兵士の頭上。アリババの背後が一瞬光る。

現れたのはジュダル。
杖を振り上げ繰り出された攻撃に、アリババは為す術もなく地面へと叩き落とされた。

ウーゴとの戦いによって重傷を負っていた筈のジュダルの姿。その体に傷はひとつも残っていない。終わりが見えていた。それを阻む強敵の姿にアリババが歯を食いしばる。

最悪の状況だった。

魔装は全て解除され、ろくに魔力も残っていない。
傷が塞がってしまった魔人、そして「マギ」ジュダル。
どうやって彼らを倒す。

ジュダルが魔人を支配下に置き不敵に笑う。先手を取ろうと動くシンドバッドにジュダルの氷魔法が突き刺さる。襲いかかる氷の槍から、モルジアナがアリババを救い出した。しかしいつまでも避け続けられるものではない。

負傷によって霞む視界の中でアリババは見る。

空を二つに裂く赤い稲妻。
臓腑を震わせる雷鳴の轟き。
かつては“神が打ち鳴らすもの”と信じられていた天災。

その赤雷を身体に走らせ、天から降り立つ娘の姿を。