お前にも明けない夜が来る


正門の守りを任され、反乱軍相手に戦いを続ける。殺すことはできない。相手を気絶させ、無力化させてまわるハルの耳に遠くから悲鳴が届く。国軍がそちらへ顔を向けた頃には、襲われそうになっている国民をハルが抱えて逃げていた。ジンの力を借りた光速移動。魔力の消費は極僅かだ。
決して致命傷を与えることのない赤い剣が幾度となく振るわれ、正門前の争いが徐々に沈静化していく。それでも、王宮から離れた町中では今もなお怒号や悲鳴が飛び交っていた。

(アリババは、頭領を仕留められたのだろうか)

倒れる母親に泣いて縋る子供。
救いが間に合わずに死んでいったバルバッドの国民たち。
血の臭いが鼻につき、ハルは僅かに顔をしかめる。
地獄のような光景の中、建物の中へ避難していた男性が驚いたように指をさすのをハルは見た。
その先にあるのはアリババが戦っているはずの王宮。

顔を向けたハルの視界に信じられないものが映る。
大きな翼を広げ、空を飛ぶ魔神。
その手の先に展開する攻撃魔法の大きさに目を見張った。

見たこともない生物にハルが言葉を失う。
その攻撃が放たれる直前に、魔神は動きを止めた。その背にいる小さな人影に目をこらす。あんなことが出来る人間は限られている。

(金属器の無い身で相手が出来る敵ではない)

眼前に迫る反乱軍を殴って昏倒させ、蹲って泣きじゃくる少年を肩に担ぐ。襲われたと思ったのか「助けて!」と叫び暴れる少年の手足がハルへとぶつけられるが、ハルは気にせずに町の喧騒の間を走り抜けた。道中の暴れる民衆の攻撃を受け止め、行儀が悪いと自覚しつつも蹴りによってその身を地に沈めていく。

そのまま駆け抜けた先の路地。
窓から外の様子を伺っていた青年がハッとしたように扉を開く。

「おいアンタ! こっちだ!!」

その声を聞いたハルは狭い路地へと入り、暴れ疲れぐったりとしている少年を青年へと預けた。そのまま大通りへ向かおうとするその腕を青年が掴んで止める。

「死にたいのか!? あの化け物を見ただろう!?」

ハルは自分の腕を掴む青年を見上げる。流れるように、視線は青年の背後の室内へと移った。そこには多くの国民が震えて怯えていた。小さな子供、女性、老人、それを守る父親。
負傷した者を治療する女性の横顔を見て、ハルは再び青年へと視線を向ける。

「戦わなければ、犠牲が出続けます」
「……」
「王宮では私の友人が戦っている。―――行かなければ」

ハルの眼光に怯んだ青年の手が離れる。ハルは彼らに背中を向け、一目散に駆けていった。目指すは王宮。
魔神が暴れるその場所へ。

自分より若い娘の背がみるみる小さくなっていく。大通りへと曲がっていったその姿は見えなくなった。青年はぐっと歯を食いしばる。同じように室内に逃げていた者も顔を上げた。

ここに居ない家族は、友人は、無事だろうか。傷付いてはいないだろうか。―――バルバッドは生まれ変わるはずだった。あと少しで、全てが輝かしい未来へと進んでいくはずだった。

腕の中の少年を床に優しく寝かせ、青年は室内にある鍋に手を伸ばす。
剣や槍なんてものは無い。
命を奪う武器は必要ない。
ただ、この争いを止めさせるために。
―――自分の故郷を守るために、青年は外へ出る。




ハルは真っ直ぐに王宮へと走る。黒い魔神、その前方に立つ青年を見据え、宝剣を握る手に力が入る。城壁を飛び越え、塔を越え。ハルは王宮の屋根へ飛び乗った。人の居ない、人の視線が届かない高所で剣を胸に掲げる。


「至誠と破壊の精霊よ。汝と汝の眷属に命ず。我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ」

剣が応えるように形を変えていく。腕から先を黒い靄のような何かが覆い隠し、空気中を赤雷が伝わる。剣は瞬く間に刀身を漆黒に染めた。小さな虫の群れのような靄が、ハルの周囲を囲うように集まり、その視界を埋め尽くす。
それを振り払うように剣に魔力を込める。
漆黒の剣を握る手は同じく黒い鎧に包まれている。

ドクンと力強く血管が脈打つ。呼応するかのように刀身に赤い亀裂が入った。赤雷のように剣先へと伸びた模様が、生物のように蠢く。

マルバスの能力は剣を見た者への精神攻撃。
そこに善や悪の区別はなく、全ての生命を平等に傷付ける。

―――それは本来の能力ではなかった。
現在、マルバスの力はハルの意図しない形で、大きく歪められている。

ハルは剣先を遥か下の黒い魔神へと突きつけた。
ここなら誰も、呪われた剣・・・・・を見ることはない。

「マルバス」

魔力を込めハルが剣を高く振り上げた。
雷鳴を呼ぶ、王の器にジンが応える。

「落ちてこい」

雲ひとつない空を引き裂くようにそれは振り下ろされた。
叩きつけるような高威力の雷撃が、魔神の片翼を焼き切る。地の底から震えるような轟く音がバルバッドに響き渡った。

視線が自分へと向けられるより先に武器化魔装を解いたハルは地上へ落ちていく。