少しだけ永遠に似たさよなら


暗闇の中、自分の名を優しく呼ぶ声でアラジンは目を開けた。
見覚えのある場所。誰よりも知っている声。

歩き続けたアラジンの視界には多くの書物と金属器、そして謎の生物がいた。
粘土を捏ねて出来上がった不思議な生命体。戸惑いを隠せないままアラジンが見上げた先には、ウーゴの姿があった。ただし、ウーゴは頭部のみでアラジンを見つめている。

自身の肉体が雲のように原型を失うのを見て、アラジンは自分が死んでしまったのだと思った。それをウーゴは笑って否定し、大丈夫だと口にする。

アラジンは死んでいない。ただ、アラジンの自我をルフに運んできて貰っただけで、肉体は地上で生きている。そして、同じようにジュダルもここに呼びたかったが邪魔されてしまったと続けた。

「アラジン、覚えているかい? 君はかつて、ここから旅立って行ったね」

そうしてウーゴが見上げた先に見えるのは星の渦。
眩く光り輝く星の数々。

―――君は俺の願い通り、金属器を探す旅をして、ジンと、そのジンの主たちと出会った。導かれるままに。

ウーゴがアラジンに何も教えなかったのは、アラジンが自然に旅をしないとその流れを壊してしまうからだった。生命は生まれたら、あるがまま流れに生き、それを受け入れることで前へ前へと進むことができる。

それこそがルフの導き。

「それこそが、“運命”」

―――だが、地上にはその運命を逆流させようとする者たちがいる。

進化を退化に、有を無に、すべてを陰なるものへ逆流させようとしている。それこそが「堕転」。その時、ルフはその身を黒く染める。それはマギも例外ではなかった。黒く染められたマギがアラジンの前に立ちはだかったのは、本来あらざること。

あの夜、アラジンはジュダルに殺されるはずだった。
ジュダルらの創り出した逆流する運命によって。
それにウーゴは抗った。

「正直、ハルがジュダルを庇うとは思っていなかった」
「……ハルさん?」

アラジンの問いにウーゴは曖昧に笑った。ジュダルとの戦いで魔力を使い切ったウーゴは、もうアラジンを守ってやることはできない。

「だから笛に残った本当に最後の力で、君をここに呼んだんだ。

君に、大切なものを渡すために!」

静かに話を聞いていたアラジンの前に、地上の光景が映し出される。争うバルバッドの民。それに抗おうとするアリババの姿がそこにはあった。

「ごらん、君の選んだ王がこのままでは滅びる」

これは本来の流れではない。
この世にあってはならない。
暗黒を作り出す運命の逆流。

人々がすべての力を尽くしても、もはや及ばず世界が黒く転じる時、闇を切り裂き、打ち晴らす「力」が必要になる。

「そう、“奇跡”が」

それこそが「マギ」の使命。

―――しかし、そのためには君は今からある場所へ行かなくてはならない。
世界を、運命を、君自身を知るために。
そして、これが終われば、君は手に入れているよ。

「我が主、ソロモンの知恵を」

現れた大きな扉へ、アラジンを送り出す。
ウーゴの胸にあるのは隠しきれない程の寂寥だった。

―――さよならアラジン、二度と君に会えない。

アラジンを一人にするのは早いかもしれないという考えが頭をよぎり、それからウーゴは首を振った。

もう違う。アラジンは外で仲間を、友達を作れるようになった。

―――本当はもう、俺がいなくても大丈夫。

「開け―――ゴマッ!!」

扉の奥、天体の渦へとアラジンが吸い込まれていく。それを目に焼き付けるようにウーゴは見送る。―――偉大なる王、ソロモンよ。この子を再び地上へ。そしてその知恵と奇跡を、どうかこの子に。

そして、世界を救う天の遣いよ。

「―――どうか、アラジンを守ってくれ」

ウーゴは強く願いを込め、その扉が閉じるのを最後に見た。


目を焼くような眩しい光り。ゆりかごに揺られるように、アラジンは宙を飛んでいた。どこからともなく声が聞こえた。それは空高くから聞こえるようで、頭の中で響いているようにも聞こえる。不思議な感覚だった。

―――莫大な知識の集渦への入り口。ごらん、あの一粒一粒が、世界の真実の素粒子たち。今からお前はそのすべてを巡り、生まれ変わるのだ「マギ」よ。

「君は誰なの?」

落ち着いた男性の声。アラジンの問いかけに男は静かに言った。

―――全てがわかる。
この長い旅を終えれば……。