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ハルの出現に氷の攻撃がピタリと止む。
片翼を焼き切られた魔人は地に堕ち、もがいていた。

座り込んでいたモルジアナとアリババの前へと降り立ったハルは、静かにジュダルを見上げる。

正門の騒動は沈めた。後は生き残った兵士だけで事足りるだろう。そして、バルバッド全体で引き起こっている殺戮を止めるには、ハルが一人駆け回るだけでは不十分だ。

その元凶を、絶たねばならない。
鋭く自分を睨みつけるハルの視線を一身に受け、ジュダルは口を開く。

「バルバッドのことは、お前には関係ない」

突き放すように、拒絶するように吐き捨てたジュダルの言葉には隠しきれない刺があった。
ジュダルは、ハルが未だにこの地に留まっていることが理解できない。

「なんでお前が、そこにいる」

―――どうして俺に、剣を向けている。

再会の夜から思っていたことだった。何故、アリババやアラジンを庇うのか。レームの国民ではない人間を助けるのか。騎士のことをよく理解していないジュダルの問いに、ハルは努めて冷静に言った。

「確かに、私はこの国の人間ではありません。ですが、生まれ育った地ではなくとも、騎士として守らなければならない祖国ではなくとも、私が戦う理由はあるのです」

言い終えたハルがちらりと背後へ視線を向ける。ぼろぼろになり血を流しているアリババの姿を認めて、再び正面を向いた。宝剣を握る手に力が篭る。

(私は自分の役目を見つけた。)

「なら、戦わなければ。

―――たとえ、あなたが相手でも」

杖を持つジュダルの指が僅かに反応を見せた。
それに気付く者はいなかった。


数時間前のこと、ハルの素性を知ったアリババは言葉を失い、それから叫びだしそうになった自分の口を咄嗟に押さえ込んだ。

レーム帝国のカルアデス家といえば、現皇帝を排出した名家だ。おそるおそる訪ねたアリババに、ハルは隠すことなく自分が第一皇女であることを話した。帝国騎士団の隊長、そして皇帝の娘がなぜ一人で国外に出ているのか。その質問にハルは「その答えはいずれ」とだけ口にした。

今は時間がない。その言葉にアリババが表情を強ばらせる。

ハルは続けて自身が抱いている懸念を口にした。背後に控えている煌帝国、カシムらに魔法道具を斡旋している謎の人物、そして―――ジュダルのことを。

数日前に現れた煌帝国の姫君の眷属は、治癒能力を持つ眷属器を使用していた。ジュダルが再び姿を表す可能性は捨てきれない、とハルは言った。「その時は自分が」言いながら一瞬だけ顔を曇らせたハルを見て、アリババは遮るように言った。

「もしもジュダルが出てきたら、お前は無理に戦わなくていい」

アリババの言葉にハルは真意を掴めずに眉を顰めた。そんなハルを見て、アリババは続ける。ハルの持つマルバスの剣の能力。見た者の精神を傷付ける恐ろしい剣。その力を誰よりも制御していたのはハル自身だ。それは相手が敵でも例外はなく、ハルはジンの本当の力を使ってこなかった。

その制約を破ってでも守ろうとするほど、ジュダルという男はハルにとって大切な存在だったのだ。たとえそれが相容れない敵だとしても。

その気持ちを、誰よりもアリババが分かっていた。

「友達と戦うの、キツいだろ」




ジュダルを見据えながら、ハルはアリババの胸中を想う。

アリババの為に戦うとハルは言った。アリババの友人として、剣として、ハルはこの場に立っている。そこにハルの個人的な感情は必要じゃない。

―――だというのに、あなたは私にも、傷ついて欲しくないと思うのですね。

自身はカシムとの戦いで心にも、体にも傷を負っているというのに。

「本当に、人のことばかり」

呟きはかろうじてモルジアナの耳に届く。

アリババに英雄のような豪胆さや精神性はない。
全てを救う力も持ち合わせてはいない。

それでも、他人の痛みを想像し寄り添うことができる。
その性質は誰もが持ち得るものではない。

―――今思えば、あなたは私の兄に似ている。
だから、放っておけないのだろうか。
もう二度と失いたくないと、思うのだろうか。

ハルは戦いを好まない。
人の死に触れること。血を浴びること。
肉を断つ感触。命を奪う行為。
その全てを「仕方がないこと」だと自分に言い聞かせて戦っていた。
いつだって心には迷いがあった。

「―――うん」

自問自答するように、ハルはこくりと頷く。
すっきりと晴れた空のような眼差しで、ジュダルを見上げた。

そこにいるのはかつての友人。
自分の運命を変えてくれた、かけがえのない存在。

美しい赤眼。祖国には珍しい艶のある黒髪。
色鮮やかに残っている美しい記憶の数々。
一つ一つが極彩色のような輝きを持つその全てを、

(私は永遠に忘れない。)


―――迷いは晴れた。


「ジュダルの相手は、私に任せてください」

決意の篭ったハルの言葉に、アリババはなにも言わない。
ただ真っ直ぐにその背を見つめている。

「もう二度と、彼らの好きにさせてはならない」

その言葉に突き動かされるようにアリババが立ち上がる。魔人の焼き切れた翼はハルの雷撃の効果か再生が始まっていない。不格好な状態のまま数メートル上空に飛び上がった魔人を見上げ、傍らのモルジアナへと声をかけた。

最後の力が、まだ残っている。
たとえ命を落とすことになっても、この戦いを終わらせる。
その為の一手を。