05
執務室へ行きこんのすけに促されるまま机の引き出しを開けた。中にあった携帯端末を手にとる。こんのすけの説明を聞きながら端末を操作していくと、戦績、という文字が浮かび上がってくる。
しばらく見ていると『勝利。第一部隊、隊長山姥切国広』と出てきた。その横には誉の文字があり、下には今剣の名前もある。
じっと見ていると画面が動き、『敵部隊短刀二振り、刀剣破壊』と書いてある。その後も画面は移動し続け、国広達の戦績を映し出した。
刀剣破壊という四文字が映るたび、身が縮む思いだった。
「刀剣男子の名前の横にある誉の印は、戦いで活躍した者一名に表示されます」
「戦績は戦闘終了後に即座に送信されます。頻繁に目を通してください」
「週に一度、政府から総合戦績が届けられます。その都度、ノルマや報酬が与えられますので必ず確認するように」
戦績についてあらかた説明し終えたこんのすけが、急に黙り込んだ。不思議に思い名前を呼ぶと、神妙な面持ちでこんのすけが重々しく口を開いた。
「刀剣男士に怯える審神者を、以前にも見たことがあります」
突然の言葉に驚いたが、続きを待つ。
「その審神者は、刀が自分に向けられる時が来るのではないかと怯え、最後には審神者の職を辞しました」
そこまで言い終わると、こんのすけはうなだれた。
「主さまも同じように、彼らを恐れているのですか? いつか、自分が彼らに斬られてしまうのではないかと」
違う、と私はすぐに返した。自分でも吃驚するくらい即答だった。
「そんなこと考えてもみなかった」
すっと出てきた言葉にこんのすけは顔を上げた。私の表情を見て不可解そうに口を開く。
「なら、どうしてそんなに怯えた目をしているのです。彼らの主はあなた様。主人を傷つけることなどないのですよ」
こんのすけの言葉に、次は私が俯いてしまう。そうだ、どうして私はこんなに怯えているのだろう。恐るように背中を丸めて、いったい何を恐れているのか。
国広たちが私を傷つけるなんて発想は微塵もなかった。これは本当だ。彼らは歴史遡行軍と戦って、歴史を守っている。そのために人の命を奪ってる。
どうして?
心の中で自問する。
どうしてって、私が命令したからじゃない。理由もなしに命を奪うわけがない。
「私の命令で、彼らは人を殺してる。私のせいで人が死ぬんだよ」
「……刀剣男士達が戦っている遡行軍は、山姥切国広と同じように刀の付喪神です。人ではありませんよ」
「それじゃあ、彼らには私のように審神者が居るの?」
私の言葉にこんのすけは黙り込む。少ししてから、わかりませんと答えた。
「破壊した刀剣の主は、人だよね」
ぼそりと呟いた私をこんのすけが「主さま」と呼んだ。国広達が殺した刀剣達に、私のように主が居て帰りを待っているとしたら。鳥居の前で一人待っていた自分を思い出す。送り出した国広達が帰ってこなかったとしたら。端末に映し出される文字が勝利ではなかったら。刀剣破壊という冷たい文字が画面に映し出されたとしたら。私は、
私だったら、
「分からない。なんでこんなに頭が混乱してるのか。二人から血の匂いがして、急に恐ろしくなって。私に命を奪う権利はない。例えそれが付喪神で人とは違う生き物だとしても、私にはできない」
「ならば、黙って殺されるのを待つのですか」
こんのすけは語気を強めて言った。思わず俯いていた顔をあげると、怒ったような表情のこんのすけと目が合う。
「あるじ様、恐れながら申し上げます。あなたは甘い。あなたは先ほど山姥切国広に言っていましたね。自分にはこれしかないのだと。決意した割にはなんとも情けない発言です」
数時間前の自分を思い出す。本当に、その通りだと笑いたくなった。この道しか残されていないのだと自分に言い聞かせて誤魔化していただけで、結局はなにも覚悟できていなかった。こんな中途半端な気持ちのまま、やっていこうなんて。
「自分に命を奪う権利はないと仰られましたが、私から言わせればそんな権利を持ったものはこの世にはおりません。それは遡行軍も同じです。自らの欲のために過去を改変し、尊い未来を奪う権利など奴らにはない。ですがこんな言葉で諦める遡行軍ではないのです。いいですか、主さま。確かにあなたに命を奪う権利はない。ですがあなたには歴史を守る義務がある。こんなところで、立ち止まってる場合ではないのです」
何も言わない私に、こんのすけは小さく息を吐いた。「少し休みましょう、私は席を外します」と言って部屋を出て行く。私は机の上にあった端末を端に押し退け、空いたスペースに突っ伏した。
ぐちゃ、と庭から音がした。泥の上を歩いたときのような音だ。雨は降っていないし庭の土も乾いていたはず。不思議に思い机から顔をあげて庭に目を向けると、今剣が立っていた。
何故か全身ずぶ濡れで長い白髪からはぼたぼたと雫が滴っている。
予想もしていなかった人物と視界に入った光景に思わず口を開けて唖然としてしまう。目があっても何も言わない私を見て、今剣がおそるおそる口を開いた。「あるじさま」と静かな声で呼ばれる。
「さっきはこわがらせてしまって、ごめんなさい」
今剣はそう言うと90度に腰を曲げ深く頭を下げた。私が慌てて口を開こうとする前に言葉を続ける。
「こんどはきをつけます。だから……」
一旦言葉を区切った今剣が消え入りそうな声で、お側に置いてくださいと呟く。すっと立ち上がった私を今剣が顔を上げて見つめてくる。潤を帯びた大きな瞳を見て、気付いたら駆け寄っていた私は水浸しの小さな体を抱きしめていた。腕の中で戸惑うような声が聞こえる。
「あ、あるじさま、はきものを」
その言葉に、自分が靴も履かず庭に降りていることに気づいた。ぴくりとも動かない今剣が主様も濡れてしまいますと呟く。そういえば、と考えたことを聞いてみる。
「どうしてこんなに濡れているの」
「……ちのにおいをおとしたら、あるじさまをこわがらせることはないとおもったんです」
不安そうに言った今剣の言葉に、思わず抱きしめる腕を強めてしまう。胸が締め付けられるようだった。
「今剣たちを怖がったわけじゃないの。ここに来てからいろんなことがたくさんありすぎて、自分でもまだ整理できてなかっただけで」
小さな声でごめんなさいと謝ると、今剣が「それじゃあ」と呟いた。腕をほどき見下ろすと、顔をあげた今剣と目が合う。
「ぼくたちをきらいになったわけじゃ、ないんですか?」
不安そうな顔で見上げてくる瞳には、怯えと少しの期待が入り混じっている。数時間前の自分を殴りたいと、本気で考えてしまった。
「嫌いになんてならない」
今度こそ言い淀むことなく、はっきりと言えた。それを聞いた今剣の顔にだんだん喜色が浮かぶ。突進するように抱きついてきた今剣を抱き返した。腕の中で「よかった、よかった」と何度も繰り返す今剣だったが、ふと思い出したように「あ」と呟いた。
「くにひろをわすれていました」
「……」
影で見ていたかのようにタオルを持ってきたこんのすけに礼を言い、国広を探しに行く。
離れの建物の影に体育座りをして俯く、ずぶ濡れの国広を見つけたのは、探し始めて十分が経過した頃だった。