夜陰ともども明けそめようとする言葉
初めてナマエと会ったとき、おれは喪ったばかりの妹の姿を思い出した。
小さな背丈や、細い手足。
必死で話しているうちに身振り手振りが増えるところ。
目を見て話そうと必死に顔を上げるナマエは、実年齢よりもずいぶん幼く見えた。
あの頃、王城の中でおれに気さくに話しかけてきた者の数は片手で足りるほどだった。
そのうちの一人がナマエだった。
ナマエはいつも伯爵である祖父と共に王城を訪れ、祖父が他の貴族や騎士と話をしている隙を見て殿下の元を訪ねていた。自由に部屋の外を歩くことさえ許されていなかった殿下にとって、幼馴染と過ごす時間は良い息抜きになっていたと思う。
心を安らげることが出来る時間が、あの方には必要だった。
それさえ大公は気に食わなかったのだろう。
ある日、扉の前で大公の部下が見張っていたのを知った殿下は、僅かに肩を落としていた。「次会う時は良いものを持ってきます」とナマエが張り切っていたこともあり、おれから見ても分かるほどに気落ちしている。
そんなとき、メイドがお茶の用意が出来たと言って扉を叩いた。殿下が頼んだ訳でもない、唐突な訪問に警戒心を強める。
大公の指示であればもしや、そう身を固くするおれの視線の先で、殿下の許可を得てメイドが室内へ入ってきた。布をかけたティーワゴンの上にはティーセットが置かれ、メイドは淡々と準備を始める。開かれた扉の奥から大公の部下がちらりと中を覗く。静かに扉を閉じ、それを確認したメイドはワゴンの上をこんこんと叩いた。
「ぶはっ!」
布をめくり、ワゴンの下段から顔を見せたのはナマエだった。息苦しかったのか、もしやずっと息を止めていたのか顔を真っ赤にしてもぞもぞと外に出てくる。言葉を失っているのは殿下とおれだけで、メイドは淡々と準備を済ませると殿下へ一礼して部屋を出て行った。扉が開かれるより先にナマエがおれの後ろに姿を隠す。部屋を覗いた見張りは深く確認することもなく、再び扉を閉じた。
「やっ」
おれの後ろからひょっこりと顔を出し小さく笑ったナマエに、殿下がようやく口を開く。
「お、お前……」
「しーっ、あんまり大きな声で話していたらつまみ出されちゃいます!」
「つまみ出されるだけで済めばいいが……」
えへへと笑うナマエに、殿下は全身の力を抜いて力無く笑みを浮かべていた。
「そうだ、良いもの持ってきましたよ」
ずっと後ろ手に隠していたそれを、ナマエは「じゃじゃーん」という音と共に前へ出す。
それは白い薔薇によって編まれた花冠だった。
「……そうか、今節は……」
「花冠の節です!」
ナマエが胸を張って言った言葉におれが首を傾げる。フォドラの風習にあるもので、娘たちが親しい間柄の者に白い薔薇の花冠を贈るのだと殿下が教えてくれた。
その説明を聞きながらナマエは得意げにしている。
ナマエは数歩殿下に近付き、背伸びをして花冠を頭の上に乗せようとする。殿下も優しい表情で僅かに身を屈め、それを受け取った。
「いつの間に編めるようになったんだ? 昔は出来ないと言って泣き喚いていたのに」
殿下の言葉にナマエは顔を赤くして「忘れてください!」と少し大きな声を出した。外の見張りに聞かれてしまう、とナマエも思ったのだろう。慌てて片手で口元を抑えている。
「訓練の合間に、街の人たちに教わったんです。どうしてもお贈りしたかったので」
「……ありがとう、ナマエ。嬉しいよ」
ナマエは再び「えへへ」と笑うと、背中に隠したままだったもう片方の腕を前に出した。
その手にはもう一つの花冠がある。
「こっちはドゥドゥーに」
「……おれに?」
「うん」
同じようにおれの頭に花冠を被らせようと、ナマエが背伸びをする。どうすればいいのかと戸惑っているおれに、殿下は言った。
「受け取ってやってくれ、ドゥドゥー」
その言葉に背を曲げると、僅かな重さのそれが頭にそっと被せられる。頭の両脇に見えたナマエの細い腕がゆっくりと離れ、俺も背を伸ばした。
ナマエは満足そうに笑っていた。その姿に妹を重ねる。いつだったか、こうやって花冠を……。
ダスカーの悲劇によって、ナマエは両親と親しかった友人と騎士を失っている。
それを知っているというのに、おれは何も言わなかった。
ナマエも、何も言わなかった。
ただただおれたちは言葉を探しては、見つけることが出来ずにいる。