呪うための内臓が私についていない時
ドゥドゥーは初めて会ったときから寡黙な人で、二人きりの時は私が一方的に喋ってばかりだった。相槌ばかりのドゥドゥーが自分の意見を言ってくれるようになったのは、入学するより少し前のことだ。その日の私は、そのことがなぜだか、とても嬉しかったのを覚えている。
ガルグ=マク士官学校に入学してから一節が過ぎた。
新しい環境にやっと慣れ、施設や備品の場所もようやく覚えたある日。ディミトリは課題について先生と話をしていて、私はドゥドゥーと共に温室で植物のお世話していた。
シルヴァンが女の子に叩かれて、
フェリクスとの稽古で怪我をして、
イングリットが美味しい串焼きの店を見つけて、
なんてことのない、とりとめのない話だ。
あれがあった、こう思った、ドゥドゥーはどう思う?
そうやって、ただひたすらに話し続ける私にドゥドゥーがおもむろに口を開いた。
「ナマエ」
低く篭ったようなドゥドゥーの声を、私は気に入っていた。
「……無理しなくともいい。おれには、関わるな……」
思わず横に立つドゥドゥーを見上げる。相変わらず見上げる程の背丈だ。
綺麗な緑の瞳は真っ直ぐに温室の花に向けられていて、私を視界に入れることはない。
ドゥドゥーが言いたいことは、全て聞かなくとも理解している。
私は頭の中でたくさんの感情と考えと、これまで投げかけられた周囲の人の言葉を思い出す。これでもかと言葉を探して、ゆっくりと話し始めた。
「私が近くにいるの、ドゥドゥーは嫌だった?」
「……そんなことはない」
「なら、いいじゃん」
ドゥドゥーはやっと私を見てくれた。その口から「だが」と続けられるも、続きを遮るように喋り続ける。人の話を遮るなと叱る母の言葉を思い出したけれど、今だけは頭の外へと追いやった。
「他の誰に何を言われようと、私達が良いならこのままでいようよ」
「……ナマエ」
「私ね、ドゥドゥーと話すの、結構好きなんだ。ドゥドゥーは私が知らない植物や料理や、神様の話を教えてくれるでしょう? 知らないことを知るってすごく楽しいの」
しばらく黙り込んでから、ドゥドゥーは口を開いた。彼が考えていることは想像がつく。私が失った、家族や友人のことを考えているのだろう。
「……お前は憎くないのか?」
誰を、とは言わなかった。
ダスカーの民か、ドゥドゥー自身か。
私は緑色の瞳を真っ直ぐに見つめながら言う。
「あの事件に関わった人たちのことは、許せないと思う」
「……」
「目の前にその人が居て、平静を保っていられるかどうかは分からない。……正直、自信ない」
だけど、これだけは言える。
「ドゥドゥー、あなたにはなんの罪もない」
私達と同じ、当時子供だった彼に。ファーガスの兵士によって殺された彼の家族に、なんの罪があったというのだろう。制裁として奪われていった多くの者は武器も持たない民間人だったというのに。
「あなたこそ、私が……私達が憎くないの? ドゥドゥーは優しいから、気持ちを押し殺してるんじゃないかって……本当の気持ちを知るのが怖いよ」
「……ナマエ」
名を呼ばれ、俯く。
ドゥドゥーはいま、どんな顔をしているのだろう。
恨みや怒りを必死に押さえ込んでいるのだろうか。
それとも、失った家族を想って悲しんでいるのだろうか。
そのどちらでも、私は見たくなかった。自分の弱さを自覚しつつも顔を上げられないでいると、頭にぽすっと温かいなにかが乗せられる。
それは手だった。
「……お前には、なんの罪もない。すまない……そんな顔をさせたいわけではなかった」
おそるおそる顔をあげると、ドゥドゥーは少し困ったような顔をしているだけだった。
「おれは……いや、おれも、お前とこうして話す時間は好ましい」
「ドゥドゥー……」
「ダスカーもファーガスも関係なく、友人として、変わらずにあれたらいいと思っている」
その言葉が嬉しくて、泣きそうになるのを我慢して、私は大きく頷く。
少し跳ねた手が、それから数回私の頭を撫でた。
「私も、ドゥドゥーとはずっと仲良しでいたいな。まだたくさん、話したいことがあるから」
「……ああ、いくらでも聞こう」
「この前ね、アッシュが珍しく料理を失敗しちゃったの。それをなんとかしようとしてたらアネットが来てね―――」
身振り手振りで話し続ける私を、ドゥドゥーが黙って見下ろしている。
感情が読み取りづらい顔をしているけれど、確かに、ドゥドゥーは優しい顔をしていた。
頭に乗っていた手がそっと離れていく。小さな傷の残る大きなてのひらが、記憶に微かに残っていた誰かと重なった。
それは父だったか、年の離れた友人だったか、家に仕えていた騎士の誰かだったか。
私は、もう、よく思い出せないでいる。