しろのクレヨンみたいなひと
ちょうど森然との2セット目が終わったタイミングで、蒸し暑い体育館に、あの人はやってきた。いつの間にか隣にやってきた木兎さんが「黒尾が言ってたの、あの子か?」と呟く。音駒高校の顧問の娘さん、確か黒尾さんはそう言っていた。宮城県立の高校に通っていると聞いていたが、羽織っているジャージは見覚えのある赤色で、背には大きくNEKOMAと書かれている。俺たちの視線に気付いたのか、こちらを見た音駒主将の顔がにやりと歪んだ。木兎さんのスパイクをブロックで仕留めたときと同じ表情をしている。ムキになって息を荒げる木兎さんを宥めながら、俺は視線を逸らせないでいた。
一目惚れとか、そういう浮ついたものではなく、美術館で有名な絵画を見たときのような感覚。湧き上がる感情を上手く表現することもできない。短く息を吐き、目を奪われ、言いかけた四文字を飲み込む。集まった先輩方も顔を見合わせ、揃って彼女を見ていた。周りを見れば他校の選手やマネージャーも視線を向けていたが、ぞろぞろと体育館内に入ってきた集団にその視線は流れていく。たしか、烏野高校だったか。
俺は体育館の隅に投げていたタオルを手に取り、頬を落ちていく汗を拭った。木兎さんと木葉さんは、無遠慮な視線をあの人にぶつけたままだ。水分補給してください、と口を開いた俺を遮るように、木兎さんが叫ぶように言う。
「音駒の女子!! レベルたけえ!!」
試合中のようなその声量に、思わず顔をしかめる。散らばっていた視線が今度は梟谷に集められた。音駒高校の生徒じゃないと思います。そう言いながら視線を向けた俺は、すぐに顔の向きを戻し、手元のタオルに顔を埋めた。……吃驚した。こっちを見ていた。彼女どころか音駒の選手は全員こちらを向いていた。当然だ、木兎さんの声がうるさいんだから。
ばっちりと大きな目と視線が交わった気がして、心臓がうるさい。ホラー映画によくある、目を離した隙にこちらを向いている人形に気付いた瞬間、みたいな……。
「赤葦どうした?」
「なんでもないです。水分補給、しっかりしてくださいね」
元気よく返事をしてボトルを逆さにし、喉を鳴らして飲み干していく木兎さんに、気付かれないように息を吐いた。
あの夏から、いくつもの季節がめぐり、俺は大学二年生になっていた。毎日の練習が遠い昔のように頭を過ぎる。締め切ったカーテンの奥はまだ暗い。その割に頭がすっきりとしている理由は分かりきっている。隣で眠る人物を起こしてしまわないように、ゆっくりと枕元に置いていたスマホを手に取る。4時過ぎか……。画面をオフにして同じ場所に戻し、寝返りをうつ。ずれてしまった布団をなおし、ぐっすりと眠るその表情を至近距離で見つめた。
精巧に作られた、その整った顔立ちに、俺は未だに慣れることができない。