花が咲いて風が吹いたら


突然だけど、俺の初恋を聞いて欲しい。

相手は近所に引っ越してきた同い年の女の子。さらさらの髪ときらきらした瞳が可愛くて、初めて会ったときに一目惚れをしたのだ。雷に打たれたような衝撃が体に走って、身動き一つできない俺の横で、岩ちゃんが土や泥で汚れた手を差し出して「よろしくな」なんて言うものだから俺は大騒ぎした。

徹くん、一くん、と俺たちを呼ぶその声は鈴を転がしたような可愛らしいものだった。俺は名前ちゃんに格好いいところを見せたくて、バレーの練習をするたびに名前ちゃんを外に連れ出していた。彼女は動き回るのがあまり好きでは無かったので、いつも傍で練習を見ているだけだった。サーブミスで顔面にボールが落ちてきたとき、岩ちゃんは涙を流して笑っていたけれど、名前ちゃんは俺を心配してくれた。

「徹くんは頑張りやさんだね」

ずっと練習を続けている俺に、名前ちゃんはそう言ってハンカチで汗を拭いてくれた。きっと名前ちゃんは俺たちに付き合ってくれていただけで、本当はもっと別のことがしたかっただろうと思う。それでも名前ちゃんは何も言わず、俺たちのバレーを見守っていてくれた。

名前ちゃんが引っ越してきて、初めての誕生日。8歳になった彼女になにか送りたいと母に伝えると、百円玉を三枚手渡されて、「これで花でも贈ってあげな」と言われた。俺は大慌てで商店街の花屋へ行って、名前もよく分からない花と睨み合う。名前ちゃんの好きな水色の花は見つからなくて、困り果てていた俺に店員が声をかけてきた。

俺は好きな女の子の誕生日だと話して、心を鷲掴みに出来るような花はないかと熱く語った。今思えば、子供の言うおふざけに思われても仕方ないのに、店員さんは真摯に俺と向き合って相談に乗ってくれて、存在すら知らなかった花言葉も教えてくれた。マーガレットは「真実の愛」、ガーベラは「希望」。チューリップの花言葉が「愛の告白」だと聞いて俺はこれだ!と思って立ち上がる。店員さんの手は花が入ってる黒い入れ物に触れていて、俺はそっと視線をその花に向けた。

「バラはね、本数によっても花言葉が違うんだ」
「?」
「一本だと、『一目惚れ』、『あなたしかいません』」

店員さんがその後も続けていく言葉がするーっと耳を通り抜ける。こんなにぴったりな花言葉があるのかと俺は衝撃を受けて、気付いたら「バラ、一輪ください」とお金を渡していた。




名前ちゃんは家でお祝いをしていて、玄関の外に居た俺の存在にきょとんと目を丸めていた。俺は可愛らしく包装されたバラの花を後ろ手に背に隠して、柄でもなく緊張していた。名前ちゃんの後ろ、廊下の先からニマニマとこちらを見ている俺のお母ちゃんの視線が突き刺さる。何故居る。名前ちゃんは俺が何かを隠しているのに気付いたようで、「なにを持ってるの?」と首を傾げた。

「お誕生日、おめでとう!」

そう言って手を前に突き出し、バラを手渡す。名前ちゃんはその勢いに驚いたように身を竦ませていたけれど、バラに気付いて表情を明るく変えた。喜びを噛み締めるように柔らかく微笑む名前ちゃんが、口を開く。「凄く嬉しい、ありがとう」その言葉に俺まで笑顔になってしまって、締りのない顔でへらへらと笑う。

それから毎年、俺は名前ちゃんの誕生日には一輪のバラを贈っている。

これが俺の初恋。
そして今も、俺は彼女を想い続けている。