夏の日は恋かおる
宮城に越してきて、六年が過ぎた。徹と一との付き合いももう長い。学校への道を覚えていない私と登下校してくれていた彼らとは、中学生になってからも一緒に学校へ通っている。
徹と一がバレー部に入部し、流れるように私もマネージャーとして入部することになった。私達の通う北川第一の男子バレー部はそこそこの強豪らしく、人数も他の部に比べると多い。唯一居た女子マネージャーは昨年卒業してしまったから、と徹の先輩に頼み込まれたのだ。もともとルールは把握していたし、同級生や先輩も優しい人ばかりだったのですぐに仕事に慣れることができた。
部員の名前を全員覚えた頃に、私は人生初の告白をされた。相手は同じクラスの隣の席の男子で、最近よく話すようになった人だ。顔を赤くさせて向き合っている男の子の肩の向こうで、一と目があった。気まずそうに迂回していく一に、見られたのが徹じゃなくて良かったと安心する。絶対にからかわれるに決まっているもの。
私はその子に、気持ちは嬉しいけれど、あなたと付き合うことはできないと告げた。男の子は眉を下げて悲しい顔をしていたけれど、いつものように人の良さそうな笑顔に切り替えた。「聞いてくれてありがとう」と言われ、また明日と手を振る彼の背を見送る。
部活中も、終わった後の帰り道でも、私は徹に話すことはなく、一も話題にあげることはしなかった。
それから数日経ったある日。職員室を出て、教室へ向かっている途中だった。階段の踊り場に足を踏み入れたところで、階上からドタバタと慌ただしい足音が聞こえた。何段か飛ばして降りているような音が近付き、ほんの少しだけ顔を歪める。怪我をしたらどうするのだろうか。巻き込まれたくないから、相手が通り過ぎてから階段を通ろうと足を止め、顔をあげる。
飛び出してきた見覚えのある姿に、私は大きく目を見開いた。
「名前!!」
私の名前を叫んだ徹は、勢いを殺さずに階段を二段飛ばしで駆け下りて、踊り場に居た私に近付くと肩を掴んだ。
「危ないでしょ」
「名前、告白されたってホント!?」
徹の言葉に私は数回瞬きをしてから頷いた。誰から聞いたのだろうかと首を傾げる私を見下ろして、徹はぎゅっと眉間にシワを寄せて顔を歪める。
「なんで俺に言ってくれなかったの!」
「わざわざ話すことでもないし、徹は関係ない」
徹いわく、小学校の高学年になったころから、私は可愛げが無くなったらしい。もともとあった気もしないけど、徹は私を「冷たい」、とか「つれない」と言うようになった。何か変化しただろうかと一に聞いたら「わかんねえ」と言われたので、きっと徹だけが、私が変わったと思っている。
「関係なくない!」
私の言葉に徹は今にも泣きそうな顔になって叫んだ。私が困って口を噤んでいると、徹はとんでもないことを口走ってきた。
「俺の方がずっと前から好きだったのに!!」
「えっ」
「俺は初めて会ったときからおまえのことが好きだったし今も好きだ!! あんなぱっと出のクラスメイトより名前のこと知ってるし、俺の気持ちの方が大きい!」
もはや堪えきれずに溢れた涙がぼろぼろと徹の頬を滑っては目の前を落ちていく。私は思わず開けてしまった口を閉じることが出来ずに、その表情を近くで見ていた。
「他のやつとなんて付き合わないで」
「こ、断ったよ?」
私の言葉に徹はずずっと鼻を啜ってから「この先も、誰とも付き合わないで」と言った。私の返事を待たずに、「俺以外だめ。岩ちゃんもだめ」と続けられる。
「俺を選んでよ」
「……徹?」
肩を掴んでいた手が背中に回される。そのままぎゅっと力強く抱きしめられた。宥めるように、震えたその背に触れる。
「初恋なんだ」
子供のようにしゃくりあげるその背をぽんぽんと叩きながら、毎年誕生日に徹がくれる一輪のバラを思い出した。
これまで母が揶揄うように言ってきた言葉は、全て聞き流していたけれど、思えば徹にその真意を確かめたことはなかった。
バレー馬鹿の徹が、花言葉なんて知っている筈がないって思っていたから。
一輪のバラを贈る意味を知って照れくさかったことも、誕生日が近付くたびに私がそわそわしていたことも、徹は知ったらどう反応するだろう。私も初恋なのだと伝えたら、涙を引っ込めて笑ってくれるだろうか。とにかく泣き止んで欲しくて、顔を見せて欲しくて、私は好きな人の名前を呼んだ。