鐘が鳴る鳥が立つ


人間誰しも、全てが終わってから、「あの時ああしていれば良かった」と後悔することがあるだろう。

例えば予報にない雨が降った日、折りたたみ傘を持ってきておけば良かったと後悔したり。
料理中に目を離して卵を焦がしてしまって、ちゃんと見ておけば良かったと後悔したり。

どれだけ頭を悩ませても、後悔しても結果は変わらない。雨に濡れた体は冷えるばかりだし、焦げた卵は元には戻らない。思えば私は、そういう後悔が多い人生を送っていた。ほとんどが小さなものばかりで、一度寝たら忘れてしまうような後悔だ。同じミスをしたときに「そういえばこれ二回目だな」って気付く程度。だけど一度だけ。中学三年のある時期に、私はある選択を迫られて、決断した。

それが正しかったのかどうかは、今も分からない。







『怪童、ウシワカ』を擁する白鳥沢中等部。

一年生大会で初めて対戦してから、何度もぶつかり、敗北を喫してきた相手だ。これまで北川第一は彼らから、一セットも取れたことがない。徹は特に、牛島若利を越えるべき壁として強く意識しているようだった。

急き立てられるように、徹はバレーをするようになっていた。焦りと苛立ちと、悔しさと。ベンチに座っているだけの私とは比べ物にならない程の感情が、彼の胸中に渦巻いているのだろう。

中学二年の中総体、県予選決勝。結果は2-0で、敗退。

表彰式を終え、全員でバスに向かっている途中だった。一年生がタオルを忘れてしまったと半泣きで報告してきたので、二人で列を抜けて体育館へ戻る。ちらりと振り向いて見た北一の選手達はまるでお通夜のような雰囲気で、準優勝のチームには到底見えなかった。この空気の中で先輩に忘れ物をしたと言うのは勇気がいっただろう。

一年が居た観客席にタオルは無くて、二人で手分けして探す。一年には男子トイレを探してもらって、私は受付で落し物が無いか確認したが届け出は無かった。誰かが持って帰ってしまったとか? と考えていた私は、視界の端に紫色が映りこんで動きを止める。さりげなく視線だけ向けると、白鳥沢中等部の選手がぞろぞろと体育館から出て行くところだった。

一年が行ったトイレはあの集団の向こう側だ。さっさと彼らの後ろを通って合流しようと体の向きを変えて歩き出す。少しだけ空いた人と人の間を「すみません」と声をかけて通る。あちこちから視線が突き刺さり、小さな声で北一のマネージャーという単語が聞こえた。早く抜けてしまいたくて無意識に歩くスピードが早くなる。体が人ごみから抜け出した瞬間、横から誰かがぶつかってきて、思い切り吹き飛ばされる。突然の衝撃には、徹のタックルハグで多少慣れていたので、転ぶような失態は晒さずに済んだ。

「すまない、平気か」
「ええ、大丈夫です。お気になさら……」

顔をあげて目が合った相手が「怪童ウシワカ」で一瞬呼吸が止まる。じっとこちらを見下ろす鋭い目力が居心地悪くて「ぶつかってすみませんでした」と頭を下げて足早にその場を後にした。一年とはすぐに合流出来て、その手にタオルが握られていたことにホッとする。みんなを待たせているから、と駆け出し、バスへと向かった。


徹は練習がしたくてコーチに頼み込んでいたけど、今日ぐらいは休めと追い出されていた。三人で帰る道中も会話はほとんど無く、空気も重苦しい。放っておいたらバレーするだろうからお前が見張っておけと一に言われ、徹の部屋へと上がった。徹はずっと黙りっぱなしで、バレーボールに触れては布団に寝転がって、ぽいっと横に投げたかと思えば再び手を伸ばしたりしている。その表情は険しくて、苦しそうだ。


どんな言葉をかければいいのだろう。元々口達者ではないし、ここ数年でそれに拍車がかかってしまっている。励ましや激励の言葉は思い浮かばなかった。

「いいから」

徹がぼそっと呟いたので、顔を向ける。布団に横になっている徹は腕で顔を覆っていて、表情が見えなくなっていた。いつの間にかボールは部屋の隅にまで転がっている。

「傍に居てくれるだけでいいから」

私は分かったと返事をして、その隣にぼふっと音を立てて倒れこむ。徹は音に吃驚したように腕を退けて私を見て、目尻を下げて顔をくしゃりと歪めた。腕が背中に回されてきつく抱きしめられる。他に出来ることがあればいいのに、何も思い浮かばない。ただ首元に顔を埋める徹の頭を撫でて、くすぐったい毛先に意識を引っ張られていた。