ほころびた夢に縋る
苦しいほど強く抱きしめられていた。腕の拘束が弱まって、徹の意識が途絶えたことに気付く。泣いて謝っていた徹は、いつの間にか眠っていた。泣き疲れて眠るなんてまるで子供みたいだ。
全身のあちこちが痛い。ずきずきと痛む体にムチをうち、そっと徹の腕を退かして起き上がる。あちこちに散らばったジャージや下着に手を伸ばして身につけていく。何も纏っていなかった私に比べて、徹の着衣はそのままだ。行為の後のまま、外気に晒されているそれが視界にちらついてしまう。せめて仕舞ってから眠って欲しかった、なんて考えても仕方ない。
布団に落ちている避妊具を指でつまむ。極力見ないようにしてティッシュに包み込み部屋のゴミ箱に捨てた。いつ徹のお母さんが来ても大丈夫なように、証拠は消しておかないといけない。勇気を振り絞って徹に向き直り、全力で顔を逸らして徹の下着とズボンを掴み、ずるずると上げていく。拭いてあげたほうがよかったのかもしれないけど、さすがにそこまでの度胸はなかった。
鼻を赤くして静かに眠っている徹の顔を見下ろす。しばらくしてから視線を外し、手首に残った痣を指先でなぞった。思えばあんなに強く腕を握られたことなど無かった。一部の男子が徹をゴリラと呼ぶ理由が分かった気がする。
起こしてしまわないように、音を立てずに隣に寝転ぶ。深く息を吐き出すと、途端に体が冷えた気がした。徹の腕を持ち上げて空いたスペースに体をすべり込ませる。胸元に擦り寄って背に腕を回すと、徹も同じように抱き返してきた。眠っているのに器用だ。広い背中を指先でなぞり、顔を見上げる。
思えば、私は徹を泣かせてばかりだ。
逃げてもいいと徹は言った。けど好きな人から逃げるなんて選択肢は無かった。だから受け入れたけど、徹に泣かれるなんて予想もしなかった。傍に居てくれるだけでいい、言葉はいらないと以前言っていたからそのとおりにしたけれど、判断を間違えたのかもしれない。一みたく、殴ってでも止めた方がよかっただろうか。
私は、
私は徹が思っている以上に、徹のことが好き。上手く愛情を表現することができないから、きっと徹に不安な思いをさせてしまっていたのだろう。触れただけで気持ちが全部伝わればいいのに、と思う。そうすれば私が徹のことを一番大切にしているって分かってもらえる。私に出来ることがあるなら、なんだってしたいのだ。その手段が、思いつかないだけで。
徹には笑っていてほしい。好きなことを続けて欲しい。苦しんでいるところは見たくないけれど、徹が選択した道なら応援したい。ただ、心が傷付いて欲しくないだけだ。
目を覚ました徹は今にも泣き出しそうな表情で謝って、私の体を抱きしめた。痛かったよね、苦しかったよね、本当にごめん。俺のこと許さなくていいから。震えた涙声が耳に直接届く。全部、私の台詞だと思った。これまでも何度か、徹は痛みを我慢したような顔で私を見ることがあった。私が傍に居ると、徹はずっと苦しそう。
「 」
胸が締め付けられて言葉が出なかった。代わりに徹を抱きしめ返す。ごめんなさい。ごめんなさい。喉で引っかかってしまう謝罪を心の中で何度も唱える。
大切にしたかった。
徹に傷付いて欲しくなかった。
傍で、その心を守れたらいいと望んでいた。けど私が傷付けて居たのかもしれない。
それから数日が経った練習試合で、徹はミスを連発し交代させられた。試合が終わり、徹は一人体育館に残っている。私はマネージャーとしての仕事を終えてから、徹のもとへ急いだ。駆け足で向かっていた私は、一年の影山くんとばったり顔を合わせ立ち止まる。荷物を持っているから、もう帰るところなのだろう。
「お疲れ様です」
「おつかれ、今日はもう帰り?」
「うっす。岩泉さんに帰れって言われたんで」
「?」
「なんか、及川さんの様子がおかしくて」
その言葉に黙り込んだ私の様子には気付かず、影山くんは「それじゃあ」と頭を下げて帰っていった。その背を見送って体育館へと歩き出す。
体育館の重い扉を開けた私を視界に入れた徹は鼻を赤くしてだらだらと血を流していた。その横で苛立った様子の一を見つける。ぽかんと見ていた私に、徹が駆け寄ってきた。ポケットからティッシュを取り出して鼻に押し当てると、徹が目を閉じてそれを受け入れる。一は「さっさと着替えてこいよ」と行って徹の背中を蹴り飛ばした。最後に見た徹の横顔は吹っ切れたようにまっすぐ前を見ていて、憑き物が落ちたようだった。