三度目の春
「―――俺達は血液だ。滞り無く流れろ。酸素を回せ。“脳”が正常に働くために
喰い散らかすぞァ!!」
辺りに響くような黒尾の大きな声が、鼓膜を揺らすほどの皆の大きな声が、体育館に広がる。私はわくわくとドキドキと緊張と、言葉で表せないような気持ちもたくさん抱えて、オレンジコートに立っていた。
春高三日目、ゴミ捨て場の決戦。
試合が始まる前に、潔子ちゃんと握手をしたときのお互いの表情はよく似ていた。少しの緊張と、隠しきれない喜び。多分心の中もそっくり同じだったと思う。
この試合を、どれだけの人が待ち望んでいただろう。
試合開始の笛が鳴る。今まで何度も聞いてきたその音が鳴り響いた瞬間の高揚を、私は一生忘れられないんじゃないかと思った。
烏野高校との初めての公式試合。“もう一回”がない試合。
合宿で見た景色が、どうしてか何度も頭を過ぎった。体育館を駆け回ってマネージャー業をこなして、コートの中で汗を流して動き回る選手を見やる。楽しそうだったり、悔しそうだったり。うんざりしたような研磨の表情、目を輝かせていたリエーフの表情、メラメラと瞳の中が燃えていた犬岡の表情。コートの中はいつだってきらきらと輝いていた。
いつだったか、ぐったりとしている研磨をやけに真剣な表情で見ている黒尾に気付いて声をかけたことがある。休憩時間にぼそぼそと独白するように語ってくれたのは、研磨がバレーを始めたきっかけ、そして黒尾が抱き続けていた罪悪感。
たまに研磨を見る表情が暗かったのはそのせいか、と納得をしてから口を開く。これは私の個人的な願いだけど、と前置きをして。
「このメンバーでやるバレーで、研磨が『楽しい』、『バレー初めて良かった』って、そう思ってくれたら良いよね」
「……だな」
私の言葉を聞いてその瞬間を想像したのか、嬉しそうに笑う黒尾の表情をよく覚えている。
怒涛のラリーが途切れ、研磨がべちゃりと崩れ落ちる。心配そうに駆け寄った黒尾。全員が研磨を見た。研磨は初めて見る表情をしていた。
「たーのしー」
数メートル離れたところに居た私にも聞こえた。研磨の心の底から出た言葉が。
途端に沸くコート内。烏野の日向が嬉しそうに叫ぶのが聞こえる。多分、ほかの人たちには伝わらないだろう。日向の喜びは点を取ったことに対してじゃない。音駒の選手が驚いて言葉を失っているのは、点を取られたからじゃない。
黒尾が噛み締めるように笑みを浮かべて、空を仰ぐのを見た。
あの日見た笑顔より、何倍も幸せそうに、笑っていた。それが私はたまらなく嬉しくて、思わずこみ上げた涙が溢れそうになって両手で顔を覆う。深く息を吐いてから無理やり涙を引っ込めて、顔を上げた。こんな素晴らしい瞬間を見逃すなんてありえない。
最終セットのカウントが進んでいく。今まで見たどんな試合よりも、どんな練習試合よりも良かった。皆の表情が生き生きしていた。
ずっと、見ていたいな。
このメンバーでやるバレーを、ずっと。ずっと。
それでも、終わりはやってくる。
21-24
ボールが音駒のコートに、落ちた。
試合終了の音が鳴る。気付けばぎゅっと目を閉じていた。けれどすぐに目を開けて、この光景を目に焼き付ける。力を出し切ってコートに座り込む研磨に黒尾が歩み寄る。研磨が例えるゲームの話しに、相変わらずだなあと耳を傾けていた私達は、締めくくるように「クロ、おれにバレーボール教えてくれて、ありがとう」と言い放たれた言葉に目を見開いて固まった。
「……あ、うん」
黒尾も処理しきれていないのか、そんな返事をしたあとに数秒固まって「ちょっと待てバカヤロウ!」と慌て始める。私は夜っ久んや海と目を合わせて、吹き出すようにして笑った。笑いすぎて涙が出たけれど、みんな似たような表情をしていた。