空を飛ぶテガミバチ


・こころを燃料に空を飛ぶ乗り物が登場
・ゴーシュ・スエードの元恋人

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ユウサリの中央都市にあるテガミバチの拠点、『郵便館BEE-HIVE』

通称ハチノスのロビーで二人の少年が柱の傍で話し込んでいた。黒豹の相棒ディンゴの頭を撫でている少年の名はザジ。片目を隠しているアルビス種の少年はラグという名で、ラグはBEEと正式に認められてまだ数十日のルーキーだ。偶然ハチノスで顔を合わせた二人が近況報告も兼ねて話し込んでいるうちに、ラグの相棒の少女、ニッチとそのエサであるステーキはふらりと消えてしまった。二人は気付かず、副館長への報告の為に、職員専用の扉を開け館内を進んでいく。その道中、ザジが何気なく口にした話題だった。


「空を飛ぶBEE」


聞き覚えのない単語に、ラグが首を傾げる。


「速達専用のBEEがいることは前にも話したろ?」


ザジの言葉に、ラグはつい数日前の会話を思い出す。


「ああ、うん……ジギーさん、だよね?」
「そ、ジギーさんの他にもいるんだよ。一人だけ」

ラグは思い当たる人物の名前を思いだし、「名前?」と呟いた。ザジは目を見開き「なんでお前が知ってるんだ!?会ったことあんのか!?」と叫んだ。場違いなその声量に、前を歩いていた職員が振り向き、鋭い視線を向けられる。ラグが慌ててザジを落ち着かせ、控えめに質問に答えた。


「ゴーシュの記憶で見たことがあって」
「そういうことか。俺はまだ会ったことないんだよなー。滅多にここには帰ってこないらしくてさ。どんな人なんだ?」
「……可愛い」
「は?」

心弾で見た記憶を思い出し、ぼそりと呟いたラグ。恥ずかしそうに顔を赤らめたラグを見て、ザジが小首をかしげた。もともと赤面しやすい体質だとは気付いていたが、今のどこに照れる要素があったんだと考える。

「あっ!ううん、なんでもない。……えっと、凄く明るい人だったよ。優しくて、頭が良くて格好よくて……」
「可愛いのに格好いい?」
「いや……可愛いのは、ゴーシュの前で……というか」

そう言ったきり耳まで赤く染めて俯いたラグの言葉に、ザジはぱっと閃光のように閃いた。同時ににやにやと口を歪める。

「はっはーん。そういうことか」

からかうようなザジの弾んだ声に、ラグが口をきゅっと結んだ。これ以上は喋らないぞという意思表示のようだ。

「ラグはゴーシュさんの記憶を見たんだもんな〜。二人がなにしてたかも全部知ってるんだもんな〜。そりゃ言えないよな〜!」

煽るようなザジをきっと睨むラグ。若干潤んだ瞳にザジがうっと言葉を詰まらせた。ゴーシュがBEEではないと伝えた際に泣かせたことを思い出し、少しだけ罪悪感が沸く。




そんな二人が思春期特有の会話をしている建物の外に、白い鉄の塊がゆっくりと降り立った。翼のようなものが生えたその鉄の塊は、遠くから見れば白い鳥のようにも見えるだろう。取っ手から手を離した女性はゴーグルを外し、ふわりと鉄から降りると、ハチノスの中へと入っていった。






軽くなった鞄を肩にかけハチノスに入ってくるテガミバチ、名前の姿に、館内に居た数名が反応し手を振る。彼女もそれに気づき応えるように手を振った。労いの言葉にお礼を言って中へ進んでいく。


すれ違う職員と言葉を交わし館長室へ向かう名前が報告内容を頭で纏めていると、曲がり角から出てきた少年と衝突しそうになる。反射で避けた名前が謝罪し、横を通り過ぎようとしたのとほぼ同時に、ぶつかりそうになった少年、ラグが人差し指を名前に突きつけ「あー!!!」と叫んだ。指差された名前は頭に疑問符を浮かべ口を開く。


「なに? 私になんか用?」

震えるラグの横でザジが訝しげな視線を名前にぶつける。ラグがおそるおそる名前の名前を呟くと、名前があっけらかんと「うん、名前だけど」と言い放つ。目の前の人物が憧れていた人物の一人だと知ると、ザジは先ほどのラグのように絶叫した。指差され絶叫されるという体験を二度もした名前は困り顔である。周りもなんだなんだと騒ぎ始めてしまった。

「なんの騒ぎです……」

奥の部屋から出てきた人物に、名前は嬉しそうに顔を綻ばせてにっこりと笑った。「アリア!」その声と姿を視界に入れ、名を呼ばれたアリアもぱっと笑顔を見せる。

「名前! お帰りなさい!」
「ただいま、久しぶりだね」

花が咲いたような空間にラグとザジははっと正気に戻り二人を見比べた。ラグは記憶を辿って名前とアリアが笑い合っている場面を思い出す。そうだ…昔からこの二人は仲が良かったんだ……思わず同じように笑っていたラグは背後から突撃してきたニッチを受け止められず前に倒れこんだ。

「おっと」

ぽふっと音を立てて名前の胸元に埋まったラグはカーっと顔を真っ赤にして動きを止めた。「大丈夫?」と後頭部を撫でられ、服の上からでも分かる柔らかい感触に羞恥心が限界に到達したラグは慌てて体を離す。

「すすすすすいません!!」

へいきへいきーと笑う名前にアリアが声をかける。ラグはザジからのにやにやとした笑みとニッチの視線を身に受け俯いていた。

「この後はどうするの?」
「報告を済ませたらシルベットの所に寄ってすぐに出発するよ」

シルベット、という名を聞いて思わず顔をあげるラグ。名前の言葉にアリアは眉を下げて叱るように言った。

「そんなに急がなくてもいいじゃない。たまにはゆっくり休んで。シルベットだってあなたと一秒でも長く一緒にいたいはずよ」

アリアの視線に困ったように帽子を深くかぶり直す名前。そんな二人の空気を壊すようにアリアの背後から明るい声が聞こえた。

「悪いけど、名前に任せる手紙の仕分けがまだ済んでいないんだ」

仕事ができないんじゃ急ぐ意味もないか、と帽子を脱いだ名前を見て、ラルゴはアリアに親指を立てて見せる。アリアはさあさあと明るく名前の背を押した。

「報告は私が聞くわ」

そう言って名前の鞄をふんだくると、アリアは奥の部屋へと行ってしまった。二人の厚意に甘えるか、と帽子を被り直し部屋へ歩き始めた名前に、ラグが声をかける。

「ここで待ってるので、一緒に帰りましょう!」

頭の上にクエスチョンマークを飛び交わせていた名前は、数週間前にシルベットから送られてきた手紙のことを思い出していた。






街の上空を、白い鉄の塊が飛んでいた。街を歩く人たちが気づかない高度を保ちながら飛んでいく。この飛行装置は”シーガル”といい、名前が七年前に自作したこころを燃料に空を飛ぶ飛行用装置だ。その機体の上に、ラグはうつ伏せの状態で乗っていた。手すりにしがみついているラグは、ちらりと下を見つめその高さに背筋が震えた。

(仕事が残っていたザジには、シーガルに乗れるなんて、と羨ましがられたけれど、こんなに怖いだなんて……)

震えるラグの手のすぐ上には名前の手があり、彼女は間に架かっているベルトに体重をかけ、水平の体勢を保っていた。


「あの子、ニッチだっけ? 凄い髪だね」


名前の言葉にラグが苦笑をもらす。ニッチはシーガルに設置されているそれぞれの手すりに髪を縛り付け、機体の下にぶら下がっていた。ステーキは震えながらその頭部に鎮座している。


「五年前からシルベットの家に住まわせてもらっているの。といっても滅多に帰れてないんだけど」
「はい! シルベットに聞いています! 凄く会いたがっていました!」
「ふふ、そんなに声を張らなくても聞こえているよ」


頭上で聞こえた笑声に赤面したラグは小さくすいません、と謝罪した。顔が見られない体勢でよかった。

「ゴーシュの友達なんだって? 吃驚したよ、シルベットがゴーシュの名前を出すなんて。今までは考えられなかったから」

ほら、あの子泣き虫でしょ? と続けた名前は、黙り込むラグの名前を呼んだ。ラグは決心したように口を開いた。


「名前!あ、いや名前さん……」
「んー?」
「ゴーシュのこと……まだ好きですか?」
「ううん、全然」


名前があっけらかんと言った言葉に、ラグは絶句して上を向いた。至って変わらず、これまでの笑顔がそこにはあった。


「え、あ、でも……だって、あんなに」
「もう五年も経つしね。ていうか、どうしてそれを知っているの? シルベットが話した?」
「いいえ……」


ラグは五年前のことを話した。その最中で、ゴーシュのこころを見たことを。ラグは知っていた。名前とゴーシュがどれだけ仲の良い恋人同士だったか。――ゴーシュがどれだけ、名前のことを愛していたかを。ずっと信じていた。名前に会うまで、正直今でも、名前はゴーシュが好きなままだとラグは信じている。


「……そう、そんなことがあったんだ」
「名前、あなたは……本当は」
「ゴーシュが帰ってきてくれたらって、心の底から思うけど。それは恋人だったからとか、まだ好きだからじゃない。シルベットにこれ以上寂しい思いをさせたくないだけ」


黙りこくったラグを不思議に思った名前は、下に視線を向けぎょっとした。髪で隠れていない方の大きな瞳から、止まることなくぼろぼろと大粒の涙が落ちている。鼻を啜るラグに、名前が焦ったように口を開いた。


「どうして君が泣くの?」

とうとうえずき始めたラグは、鼻水を垂らしながら絞るように言った。

「だって名前が……泣かないから」


下を向き、声を押し殺すように泣き続けるラグになんて声をかければいいか分からない名前は、シルベットから貰った手紙の内容を思い出していた。―――私より泣き虫な男の子。確かに、これは相当だ。目的の家を見つけ、名前は小さく息を吐いた。