最近、あいつの様子がおかしい。具体的には俺が自ら迎えに行くようになってからだ。
 散々こちらに好意を寄せてきていたくせに、いざ近づいてみれば想像していた以上に動揺を見せた。優しくすることが初めてではないはずなのに、その反応はなんだというのか。
 戸惑いを隠せないと言わんばかりの態度に、困った笑みを貼り付ける。とはいえ、嫌がっているわけではないだろう。いくら彼女であったとしても、相手がこの俺であったとしても、嫌ならばそう言うはずなのだ。
 拒絶するようなものではなくて、けれど俺の真意がわからないと探るような態度だ。
「……亜希の癖に生意気ィ」
 思い返せば憎たらしくて、半眼で一人呟いてみれば、どうやら自分はそれがひどく気に食わないということを再認識した。逆に言えば、それまでは彼女がどんな態度で、どんな反応を返そうが気にも留めていなかったのだ。
 彼女が自分に好意を寄せていて、かつ兄に対する以上の感情を抱いているのはバカでもわかる。感情を隠す気がないのかと思ってしまうほどに、彼女の好意は筒抜けである。だというのに、どうにも思うようにいかない。
 どうせ、ちょっと優しくしたらコロッとこちらに転がってくるものだと、完全に自分のものになるはずだと、そう思っていたのに……。
 幼い頃から知っている彼女は、どうやら知らない成長の仕方を遂げたらしい。当たり前だ。四六時中見ていたわけではない。学校をはじめ、俺の知らないコミュニティは確かに存在する。あまり好ましいものではないが、仕方がない。
 ……純粋な彼女のことだから、良からぬ輩と、虫と、知り合いになった挙句、感化されてしまい行動に現れる可能性も完全に否定することはできない。
 この感覚はそう、つまり、籠の中の鳥だと思っていた彼女に、大いに裏切られた心持ちなのである。
 とどめとなったのは、同じようにモデルを目指すとついてきた事だろう。同じ事務所に所属し、尚且つしっかり顔と名を世間に周知させてしまった。それでさらに、彼女の世界は広がってしまったのだ。
 おかげでまさか、自分と同じく肩を並べるユニットメンバーであり、モデル仲間である鳴上嵐があいつのことを気にすることになるとは……。
 だからと言ってどうなることでもない。何も起こらない。鳴上嵐はあいつの友人であり、姉と称される人間だ。彼女が、亜希が好きなのは自分なのだから。
 そんな思いを抱きながらも、嫌な予感は拭えない。なんせ、目に見える変化が現れてしまったから。広がった彼女の世界で、俺の知らないコミュニティで、培われてきたものは、今まさに芽吹こうとしているのではないか。
 それでも、確かに「今まで通り」で「不変」だったのだ。ついこの間までは。
 先に変化したのは自分か彼女か。答えの出ない問いが頭に浮かぶ。
 ただただ、嫌な予感がする。まるで自分の中の根底を揺るがすようなそれは、そうだというのにもかかわらずそろりそろりと忍び足で近づいているような。
 馬鹿馬鹿しい。
 これでは知らぬ何かに怯えているようではないか。心配するようなことは何もない。あいつは俺のことが好きで、それ以上でもそれ以下でもない。
「ほんと、チョ〜うざぁい」
 ため息混じりにもう一度呟けば、ほんの少しだが溜飲が下りる。
 変わらない。変わることなど許さない。

 ――それが、俺の中の何一つ変わらぬ彼女へ対する感情であった。