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「緑間のことが気になってる!?」
「うわっ、いや違う違う、声大きいよ!」
夜、部活終わりに寄ってくれた高尾くんに例のことを話してみたら、大きな声で盛大に誤解を招くような言い方をされてしまった。内容の否定と声の大きさをたしなめるのについつい私も声を張ってしまう。驚きでのけぞった高尾くんはそんな私に「いやみょうじちゃんもデケェから」と冷静につっこんだ。
「で、なんでまた?オレがこないだ緑間の話したから?」
「それもあるよ。あと今日ねねと、緑間くんっていつも変わったもの持ってくるよねって話になって。なまえ聞いてみてよって言われたの」
「多賀ちゃん意外と無茶ぶりすんのな」
「私と高尾くんが仲良いと思ってるみたいだし、それもあるのかも」
「その言い方だとジッサイそんなでもないみたいに聞こえるんすけど〜?みょうじさ〜ん?」
聞き捨てならないと高尾くんが唇を尖らせる。「そんなことないよ」と否定するとジト目でこちらを睨めつけた。何をそんなに疑うことがあるのか。というかまだ話すようになって1週間くらいしか経っていないのに、やけに食いついてくる。…自惚れも甚だしいところだけど、つまりそれは。
「高尾くんはそう思ってくれてるってこと?」
「え?オレ?」
「そう」
「……ムリ!そんな小っ恥ずかしいこと言えない!」
「ほら〜」
キャーっと両手で顔を覆った高尾くんに笑顔がこぼれる。自分から振っておいて面白いなぁこの人。
それはともかく、今は緑間くんのことをなんとかしないと。いや別に緑間くんがどうこうってわけじゃなくて私の問題なんだけど。
「緑間くん、話しかけたら普通に返してくれる…よね?」
「時と場合によるんじゃね?」
「そんな適当な」
「オレもまだよくわかんねーんだよなぁ。たまに話しかけ行くんだけどメチャクチャ厄介者扱いされてる気がする」
「そうなの?高尾くんでそれだったら無理かもしんない」
「みょうじちゃんの中でオレのハードル上がってんな」
飛び越えるのキツそ〜なんて言って高尾くんは楽しそうに笑った。私は緑間くんの件を何とかしたいのに、今のところイマイチ力になってもらえていない気がする。
でも高尾くんでも厄介者扱いなんて、私が話しかけたら思い切り無視されそうだ。緑間くんという人が本当にわからなくて困ってしまう。
カウンターに両手で頬杖をつく。自然と唸ってしまっていたらしく、横から私を覗き込んだ高尾くんが「みょうじちゃんさぁ」と口火を切った。
「別に無理して話さなくてもいいんじゃね?」
「…え、なんで?」
「だってそんなに悩むくらいなら無理する必要ないって。多賀ちゃんには謝っとけばいいしさ」
「…それは……確かに」
もっともなことを言われている気がする。頬を包んでいた手から顔を浮かして高尾くんを見ると、至って真面目そうな表情の彼がそこにいた。
確かにそもそも誰かに強制されているわけではないし、ねねにも「やっぱり無理」と言えばまあ、多少残念がられるだろうけどそれまでのはずだ。
じゃあこんなに悩んでまで関わる必要は無い。し、これから同じクラスで過ごしていくうちにいずれ話すのかもしれないのだから、高尾くんの言う通り無理しなくたっていいわけだ。
……いいわけ、なんだけども。
「うーん……」
「……みょうじちゃん?」
「すごいその…本当に高尾くんの言う通りなんだけど」
「うん」
「やっぱりちょっと興味はある、のと」
「単純にトーテムポールとかが気になる」とカウンターの木目を見つめて言うと、ひと呼吸置いた高尾くんが「みょうじちゃん」と私の名前を呼んだ。
「はい」
「それでいいんじゃね?」
「…え?どういうこと」
「なんつーの、そのまま行くってこと。さすがにアイツも人間だしさ、みょうじちゃんが純粋に話してみたかったって行けば応えてくれっと思う」
目線を上げた私と目を合わせて高尾くんはそう言った。これはもしかしなくとも、誘導された?
ニッと口角を上げる高尾くんに対して呆けた顔を晒している気がする。してやられた、というやつか。私はカウンターに伏せるように脱力した。言ってしまえばなんとまぁ簡単なことだろう。
「……励ましをありがとう」
「いーってことよ。大丈夫大丈夫、いざとなったらオレが助け船出してやっから」
「ええ?最初からそう言ってよ〜…」
「それじゃつまんねーじゃん。ヘーキだって、みょうじちゃんならさ」
「な?」となぜか私に謎の信頼を寄せている高尾くん。全然大丈夫とは思えないのだけど、その信頼はどこから来ているのか。
私の疑問を感じ取ったのか、高尾くんは「いやさっきみょうじちゃんも同じこと言ってたからな」と笑いながらつっこんだ。
「そうだっけ?」
「そうだって」
「そっか。うん、よし。頑張って話しかけてみる。それであの謎のアイテムの謎を解く」
「おう。頑張れよ」
その軽めの励ましがかえってちょうど良かった。正直まったく大丈夫とは思えない。思えないけど、いざとなったら高尾くんがなんとかしてくれるみたいだし。それに高尾くんが大丈夫だというなら大丈夫なんだろう。…すごく他人事感があるな。
でも、多分、なんとかなる。私が聞きたいだけ、その気持ちを忘れずに明日緑間くんのところに突撃するとしよう。
「ところでみょうじちゃん」
「うん、なに?」
「オレ今日はこのバニラアイス食べたい気分だな〜、なんつって」
「……しょうがない、相談に乗ってくれたお礼ね」
「やったー!サンキュみょうじちゃん愛してる!」
「愛の安売りはやめてほしいかな…」
「え?あ、おう。なんかごめん」
高尾くんに励ましを受けた次の日。私は朝から己の目という目を光らせて話しかけるチャンスを伺っていた。伺って伺って伺い続けて、そうしているうちに放課後になってしまった。
私があまりにタイミングを図りすぎたため、ねねにも高尾くんにもいやまだ行ってないのかとツッコミを入れられてしまった。行けるものならもう突撃してる。緑間くんは基本、一人でいることが多いので、誰かがいるから声をかけに行けないとかないし。ただ、単純に話しかけづらいだけで。
どうしたものかなぁと帰りのHRで頭を捻った。近寄るなオーラを全身から醸し出す緑間くんになにか突撃できるきっかけ。なにかないものか、なにか…。
そうして悩んでいた私の元に、それは訪れた。
「緑間くんって、いつもなにか持ってるよね」
目の前にはカエルの人形を右手に、ホウキを左手に持った緑間くん。背が高いだけあって圧がすごい。なんとなく緊張した面持ちで、私を仏頂面で見下ろす彼にそう聞いてみた。
そういえば掃除当番で私と緑間くんは一緒だった、そう思い出したのは帰りのHRの後だった。タイミング伺いすぎてそのことをすっかり忘れていた。先生が適当に組んだ掃除の班は日替わりで、今日は私たちの班が担当することになっている。
適当に机を動かして、私は床を掃くためにホウキを手に取った。そして振り返ったらすぐ近くにいた緑間くんにびっくりして、びっくりついでにホウキを渡し、さらについでに遂にあの謎について聞くことに成功した。正直ほとんど勢いだった。
緑間くんは右手に持つカエル人形に目をやり、そして私を見た。
「それがどうした」
「いや、なんでかなーと……」
どうしよう、すごく「何がおかしいのかわからない」という顔をされてしまった。一瞬私の方がおかしいのかという感覚に襲われる。けれどすぐに自分の心を取り戻せたので、おそるおそる理由を尋ねてみた。
緑間くんは私をじっと見て、面倒くさそうにため息をついた。その反応に若干のショックを受ける。もしかして地雷を踏んでしまっただろうか。いや、私のようにそれが気になる人に聞かれすぎて面倒に感じているだけかもしれない。
緑間くんは開口一番「まずお前は誰なのだよ」と言った。な、名前知られてない…いや話したことないし当たり前か。同じクラスと言えど、関わらなければ名前を覚えられないのはよく知っている。…ていうか、なのだよ、とは。
「ええと、みょうじなまえです」
「みょうじ、お前はおは朝を知っているか?」
「おは朝……?時々見るけど」
おは朝は確か、平日朝にやっているニュース番組だったはず。朝はあまり時間の余裕が無いからちゃんと見られていないけど、親がつけているので自然と目に入ってくる。
私がおは朝を知っていることを確認してから、緑間くんは続けて「占いコーナーは見たことがあるか」と言った、占いコーナー、おは朝の?おは朝の占いコーナーを見たことは…。
「……ないかも」
「これは星座占いの今日のラッキーアイテムなのだよ」
「ら、ラッキー……なのだよ……」
「これをなるべく肌身離さず、できなくともできるだけ近くに置いておく必要があるのだよ」
「な……なるほど?昨日のトーテムポールも?」
「ああ」
どうしよう、情報量が多くて受け止めるのが大変だ。星座占いのラッキーアイテムとなると、緑間くんの右手に乗っているカエルの人形が今日のラッキーアイテムということか。ていうかこれ、よく見たらサンオリのけろけろけろんぴだ。雑貨屋にけろんぴのグッズが置いてあるのをよく見かけるけれど、こうもかわいいキャラクターと緑間くんという組み合わせはなんだかギャップがあるような。いや、異質具合で言ったら昨日のトーテムポールの方がすごいかも。
どうせなら、と気になったことをもう少し聞いてみることにした。
「ちなみにその、ラッキーアイテムが無かったらダメなの?」
「ダメに決まっているだろう。これもオレの尽くす人事の一つ、人生における大事な験担ぎなのだよ」
「おお…」
フンと鼻を鳴らす緑間くんになぜだか拍手をしてしまう。なんだかよくわからないけどきっとすごいことなんだろう。
そんな私の態度に眉をひそめて「そういうことだ」と言い残し、緑間くんは踵を返してしまった。どうやらお話はここまでらしい。
思っていたよりもちゃんと応対してくれたことにホッと胸を撫で下ろした。高尾くんの言った通りだった、なんとかなった。お喋りで止めていた手を動かして床の塵たちを掃き始める。
と、左の方から人の気配を感じた。
「よっ」
「高尾くん。いたんだ」
「いるぜ。緑間待ちしてっからな」
「で、どうだった?」と私を見た高尾くんが尋ねた。教室にいたってことはさっきの様子を見ていてもおかしくは無いんだけど、私から直接聞きたいのかな。ホウキを左手に預け、右手でグッと親指を立てる。
「いけました」
「お!よかったじゃん。謎も解けたっぽいな」
「うん。いや、完全に解けた訳では無いんだけど」
「まあまあ、目的は達成したっしょ?」
楽しそうにそう言う高尾くん。なんで私よりそう楽しげなんだかよくわからないけど、彼のおかげで緑間くんに謎の持ち物のことを聞く、というのはクリア出来たし、もうなんでもいいか。改めてお礼を言っておこう。
「ありがとね高尾くん」
「ん?うん。どーいたしまして」
「ホラあんま喋ってるとサボりって怒られるぜ」と高尾くんが私を掃除に促した。はいはいと返して床を掃くことに専念する、その前にひとつ言いたいことを思い出した。
「高尾くん」
「お?なに?」
「部活頑張ってね」
ひらひらと手を振ってエールを送る。高尾くんは一瞬キョトンとしたのち、ニカッといい笑顔を浮かべ、右手でグッドサインをしてくれた。