▼ ▲ ▼


「ごめんね、せっかくの休みなのに付き合わせちゃって」
「いーよいーよ気にすんなって。オレも圭太と遊びたかったから全然オッケー。な、圭太?」
「うん!」

 まだ太陽が高い位置にいる頃。私は高尾くんと共に弟の圭太を連れてある公園に遊びに来ていた。
 商店街からは少し距離のあるここには、子供たちが走り回る公園の他に小さな野球場や野外のバスケットコートが設置されている。高尾くんいわく、こういう街にあるバスケができる場所をストバスと呼ぶらしい。ストリートバスケ、なるほど。確かにそんな感じかも。

「んじゃ、さっそくやってみっか。結構使い込んでるやつで滑るかもしんねーけど、そこは勘弁な」
「いーよ!」
「よし!じゃあまずは基本のドリブルからな」

 バスケコートに入った高尾くんが、謎の構えを見せる圭太にボールをパスした。その動作があまりにも手馴れていておもわず感嘆のため息を零す。すごい、今高尾くんプロみたいだった。バスケどころかスポーツに疎すぎてそんな感想しか出てこないけど、それくらいパスが上手だった。
 そうしてボールを受け取った圭太が、高尾くんの指導を受けながらドリブルを始めた。そんな2人の姿をベンチに座ってぼんやりと眺める。少し前に比べてきつくなった日差しに目を細めると、瞼の裏にここに来るまでの経緯が薄らと浮かんでくるような気がした。

 事の始まりは単純な事だった。緑間くんと話そう大作戦の後、私は高尾くんに改めて感謝のメールを送った。その時ついでに今度圭太と遊んでくれないかというお願いをしてみたところ、非常に快くオッケーをもらった。あの顔文字と文体の軽さは高尾くんにしか表現できないだろうな、なんて思ったものだ。
 しかし高尾くんは快諾してくれても予定がなかなか合わず、四月中に約束は果たせずじまいだった。結果として、部活三昧のゴールデンウィークの中での貴重な休みに付き合わせてしまうことになり、今ここに至る。高尾くんには申し訳ないことをしたと思いつつ、圭太も私も遊べることを普通に喜んだ。単純な姉弟だなと自分でも思う。

「兄ちゃん、こんな?どう?」
「イイ線いってんぞ。けどもっとしっかり腰入れろー。油断してると、ほら」
「あっ」

 目の前の光景に意識を戻すと、圭太が突いていたボールを高尾くんがすれ違いざまに奪ったところだった。片手にボールを持ち、くるくると遊びながら圭太にアドバイスをする高尾くん。完全に面倒見のいいお兄ちゃんだ。

「簡単に取られちまうからな。あとまだ手が小さいってのもあるけど、しっかりボールをコントロールしてモノにするのが大事だぜ」
「わかった。こんとろーるすればいい?」
「そーそー。四六時中ボールくんと仲良くしてるとそのうち身に付いたりしてな」
「へー!」

 高尾くんの言葉を素直に受け取る小学生からは、若々しさというより幼さが全面に出ている。これは帰ったらバスケットボールをねだられる気がするな。お母さんに話を通しておこう。
 ボールを返された圭太は両手でボールを抱えると、「ねえ兄ちゃんさっきのもっかい!」と高尾くんに対してそう訴えた。

「さっきの?」
「シュッてボール取るやつ!」
「ん、オッケー。ちゃんと見てろよ」
「うん!」

 再びボールを突き始めた圭太。その手から素早くボールを奪う高尾くん。一瞬のうちに持ち主が変わったボールは、高尾くんの手によってそのまま宙へ放り投げられる。
 高く弧を描いたボールは真っ直ぐゴールまで向かい、リングを通り抜け…ることなく縁に当たった。ガシャン!という音の後に落下したボールが、バウンドしながら私の足元まで転がってくる。

「くっそー、やっぱアイツみてーにはいかねーか」

 ベンチから立ち上がってボールを拾い上げると、そんなことを言って高尾くんは頭をかいた。彼の言う『アイツ』とは多分、十中八九緑間くんだと思う。

「兄ちゃん今のは?」
「今のはなー、3Pシュートっての。ここにラインがあるだろ?こっから外側から撃って入るとな、なんと3点貰えるんだぜ」
「つまり、たいりょうとくてん?」
「うーんまあそれができるワザかな。撃ってみるか?」
「うん!」

「みょうじちゃん、パス!」と声をかけられたので、少し離れたところにいる2人に手元のボールを放り投げる。高尾くんは不格好なパスをそつなく受け取り、「サンキュ!」と明るく笑った。






「お疲れ様。水買ってきたよ」

 ベンチに腰掛ける高尾くんにペットボトルを渡すと、彼は「ありがとな」と受け取って勢いよく水をあおった。

「いやー、最近の小学生って凄ぇな。体力底なしかって」
「今日のために昨日早寝してたし、ご飯も沢山食べてたからね。高尾くんと遊べて嬉しいんだと思うよ」
「マジ?そう言われるとオレも嬉しいわ」

 笑顔の高尾くんに微笑み返し、私はコートの向こう側に目をやった。先程まで高尾くんにバスケのレクチャーを受けていた圭太は今、併設されている公園で学校の友達と遊んでいる。
 私の目線に気づいた高尾くんも同じように公園の方を見て、心做しか遠い目をした。

「ホンット…マジで元気だよな」
「混ざってきても良かったんだよ?」
「そんなことしたらオレ死んじゃいますが」
「あはは、わかってる。圭太は遊んでほしそうだったけどね」
「みょうじちゃんが止めてくれて助かったぜ」

 そう、圭太が隣の公園で遊んでいた友達に誘われた時、「兄ちゃんも遊ぼうよ!」と高尾くんの腕を引っ張っていたのを止めたのは私だった。そもそも今日は休みなのに、無尽蔵な体力を持つ子供たちにまで付き合わせてしまうのは申し訳ない。
 やんわりと『みんなだけで遊んどいで』と圭太を送り出し、こうして2人、コート脇のベンチに並んで座っているわけだ。

「二人だけで話すのも久しぶりかもな」
「確かに。緑間くんのこと話した時以来かな」
「うわめっちゃ前じゃん。時の流れはぇー」

 バスケットコートには私たち以外誰もいない。公園から聞こえてくる子供たちの声が、なんとなくもの寂しさを演出している。ゴールデンウィークなんだからもっと人がいてもいいんじゃないかな、なんて思ってしまった。いや、そんなことはどうでもいいんだけど。
 遠くに見える子供たちの姿をぼんやり眺めていると、「そういやさ」と高尾くんが話を切り出した。

「こないだ、緑間がどうしてもってきかねーから他校の練習試合見に行ったのよ」
「他校の?」
「そーそー。なんでも中学ンときの仲間が対戦するとかで、わざわざ神奈川まで行ったんだぜ」
「うわ、それはすごい。なんてところ?」
「神奈川のは海常ってトコ。バスケ界隈じゃ結構強い方だと思う。今年は黄瀬も入ったしな」
「黄瀬って……」
「知ってる?あのモデルの黄瀬クン」
「あ、本人なんだ」

 聞き覚えのある名前だと思ったらどうやら本人らしい。うちの店にはいくつか雑誌が置いてあるのだけど、その中の1、2冊は母の趣味でファッション誌だったりする。何回か表紙を飾る彼のことはなんとなく知っていたし、ねねと話した時にも一度や二度は名前が出てきたはずだ。
 そんなに詳しくは知らなかったけど、なるほど、彼はどうやら現役高校生でバスケプレーヤーだったらしい。へえ、黄瀬くんかあ。

「かっこよかった?」
「えっなにみょうじちゃん、ああいうのが好みなの?」
「いや、好みとかではないけど…モデルだし」
「やめとけって。アイツ見るからにチャラいし」
「でもかっこよくてバスケできるとかめちゃくちゃモテそうだけど」
「そうなだけ。いや詳しくはオレも知らねーからなんとも言えないんだけどさ。つかそれよりひでーんだよ緑間が!オレも黄瀬クンのプレー見られると思ってたのに渋滞ハマっちまってさ、そしたらアイツオレのこと置いてきやがって」

 黄瀬くんの話が長引くと思ったのか、高尾くんはやや強引に話を変えた。ものすごく興味があったわけでもないので大人しくそれに乗っかると、聞こえてくるのはどうもチャリとリアカーを合体させたチャリアカーなるもので行っただの、高尾くんがジャンケンに負けて漕いでただの、緑間くんが酷いだのという話で。
 なんか前にも聞いたような気がすると生易しい目をして聞いていたら「緑間くんと仲良いんだねとか言うなよ」と先手を取られてしまった。なぜわかったのか。

「今そういう目ェしてた完全に」
「してないしてない」
「してた。まーじでたいへんだったんだぜ」
「まあ相当な距離だろうからね……」
「今度乗ってみる?」
「気が向いたら」
「それ乗らないヤツなんだよな」

 ケラケラと笑う高尾くんは楽しそうだ。そして、こうして私と話している今もくるくるとボールをいじるのをやめていない。一度も落としていないその手際に感心すると共に、ちょっとだけ手を出してみたくなった。
 特に深く考えずにボールに向かって手を伸ばす。しかし高尾くんの指の上で回っていたボールは、触れる直前に高く宙に上がった。

「よっ」
「あ、」

 なんだかよくわからないままボールを目で追うと、重力に従い落ちてきたそれは音を立てて高尾くんの手に収まった。一連の流れとしては、高尾くんが回していたボールを放り投げて再びキャッチしたことになる。これだけでは単純な動作かもしれないが、私にとってあまりに一瞬だったので上手く追いつけなかった。ん?

「え?なに今の」
「ただ投げただけですよ、おじょーさん」
「誰がお嬢さんよ…高尾くんほんとボール使うの上手いね」
「いやまあオレバスケ部なんで!」
「はー…」

 伸ばしていた腕を引っ込めて「すごーい」とパチパチと拍手をすると、軽く伸びをした高尾くんが「圭太戻るまで暇だし、みょうじちゃんもちょっとやってみる?」とまっすぐ私を見て言った。
 ちょっとやってみる、とは。私がバスケをやるということで違いないだろうか。…ないんだろうな。え?無理なのでは。

「いいの?高尾くんからしたら私、めっちゃ下手だと思うけど…」
「これで逆に超上手かったらオレが困るから大丈夫」

 よくわからない励ましを受けたが、パチッと音の聞こえそうなウィンクで「ね」と言われたら断りようもない。根が生えかけていた腰を上げ、同じく立ち上がりコートに向かった高尾くんの後を追いかけた。
 太陽は、まだまだ沈みそうにない。







top