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圭太がいない間、高尾くんとバスケとも呼べないなにかをして、私は久々に体を動かした。てんでダメな醜態を晒してしまったけど高尾くんは笑ってくれたし、楽しかったから良しってことにしよう。その後戻ってきた圭太と3人で遊んで、そろそろ帰ろうかとなったのが少し前。
たくさん遊んでお疲れ気味な圭太の手を引き、私たちは公園からの帰り道を歩いていた。
暮れなずむ空を見上げると、あれほど青く明るかったのが嘘のように思えてならない。5月に入ったこともあり日は伸びたとはいえ、充実した時間を過ごすと暗くなるのもあっという間だ。
と、空なんかに気を取られていたら不意に右手が重くなった。何かと思ってそちらに目をやると、見えたのはカクンカクンと揺れる頭。
珍しい。こんなになるのはいつぶりだろうか。圭太を挟んで隣を歩いていた高尾くんが、歩きながら舟を漕ぐ圭太に気づいて吹き出した。
「ハハハッ、すげーな。どうやって歩いてんだ?」
「夢の中でも歩いてるのかも」
「なるほどな。歩きながら夢まで見んのは大したもんだぜ」
「ふふ、そうだね」
だんだんと右手にかかる負担が大きくなってきたので、一度足を止めて道の端に寄った。車通りが多くない住宅街でよかった。ぽんぽんと肩を叩き「圭太」と名前を呼ぶと、ほとんど閉じられていた瞼がうっすらと開く。
「う…」
「圭太、疲れたね。家まで歩けそう?」
「んー…」
「眠いかな。お姉ちゃんおんぶしようか」
「ぅん…」
だいぶ限界だったようで、反応が鈍い。このままでは本当に寝てしまう。まだ意識があるうちにおぶって帰ろうとしゃがんだところで、脇で見ていた高尾くんが「そんならオレがやるよ」と口を挟んだ。
「え、いいの?圭太重いよ?」
「どう考えてもみょうじちゃんよりは軽々背負えると思うわ」
「それはそうだしありがたいけど…」
「へーきへーき、オレに任しといて」
「な」と笑顔で言われてしまっては断ることなどできるはずもなく。私が何かを言う前に、しゃがんだ高尾くんは圭太を軽々背負ってしまった。さっきバスケに誘われた時もそうだけど、もしかしたら私は押しに弱いのかもしれない。
圭太を背に乗せた高尾くんに「大丈夫?」と問うとドヤ顔で頷かれた。心配はいらないらしい。家まではそう遠くもないしこのままお願いすることにしよう。
「ごめん、ありがとう。何から何まで」
「いーっていーってオレが勝手にやってるんだし。それに言うほどのことしてねーよ」
「してるよ。圭太に色んなこと教えてくれたし、あと私にも。折角の休みなのに嫌そうな顔全然しないで付き合ってくれて、本当に助かった」
心からそう思っている、そう伝わるよう最後まで言いきると、高尾くんはどこか照れくさそうに笑ってくれた。
「オレこそこーいうことすんの、あんま無かったし楽しかったぜ。圭太がいると弟ができたみたいでなんか嬉しいしよ」
「そっか」
今の言葉、圭太が聞いたらきっと喜ぶだろうな。高尾くんのことを兄ちゃんと呼んで慕う姿は弟そのものだったし、今高尾くんの背で寝ていることもあってか本物の兄弟ですと言われても違和感がない。…待てよ、そうなると姉としての私の立つ瀬が無くなるってことはない?
「…考えるのやめよう……」
「ん?なんか言った?」
「あ、いや。えっと、高尾くんって小さい子の相手慣れてるんだなって」
「オレ妹いるから多分それだわ」
「えっ妹さんいるの!?」
「あり、言ってなかった?」
「聞いてない聞いてない」
さらりと地味に衝撃的なことを言われて目を剥いてしまった。圭太くらいの歳の子の扱いはなんとなくわかると言って、背中で寝息をたてる弟を見る目は兄そのもので。そういうことなんだと納得した。
というか高尾くんの妹ってどんな子なんだろう。機会があれば一度会ってみたいな。
弟妹のことから話は広がり、家族やバスケ部の話も混じえながら内容は互い自身のことについてシフトしていった。というのも、私は高尾くんがバスケ以外に好きなことを知らないから、これを機に知りたいと思ったのだ。
それとなく趣味について尋ねると、高尾くんは圭太を背負い直して逡巡し「そーだなー」と口を開いた。
「シュミっつってもなー。あ、みょうじちゃん知ってる?トレーディングカードっつーの、あーいうの結構好きでやってる」
「トレカのこと?ポケモンとか遊戯王とか、マジックザギャザリングとか?」
「えっマジギャザも知ってる?みょうじちゃんもしかしてトレカわかる!?」
知りうる限りの名前を言うと今までにない勢いで高尾くんが話に食いついてきた。これにはピラニアもびっくりだろうなんて余計なことが脳内に浮かぶ。
「女子でそういうの知ってんの珍しくね?」という疑問を投げかけられ、そんなにちゃんと知っているわけではないと慌てて否定した。私は本当に有名なものしかわからないのだ。
「圭太が好きなの。その影響で私も少し知ってるだけで、やったことはないんだよね」
「マジかよ!圭太おま、ちょ、なあ今度コイツ中野ブロードウェイ連れてっていい?ぜってー話し合う気がすんだけど」
「いいよ。多分喜ぶと思う。前に行った時も一人ではしゃいでたし」
「前行ったんかよ!?それ呼べよオレも行きたかったんですが!!」
「いやまだ高尾くんと知り合ってないし…」
テンションの上がりようがすごい。高尾くんの背で寝ている圭太が起きかねないくらいの熱量に、少し引いている自分がいた。いや、好きな物に全力なのはいい事なんだけど。思ってたよりも興奮しているのは私みたいな女子が知っていたからか、圭太がバスケに興味があるだけでなく、趣味も同じということを知ったからなのか、果たしてどっちなんだろう。
今度行こうねという約束を取り付けて満足したのか、寝ている子供をおんぶしているというのに足取りの軽い高尾くんが「そんで、そっちは?」と私を見つめた。
「私?」
「そ。なんかないの?シュミとか」
「うーん、私は別に…」
「特にないはナシな。オレだけ言うのもあれだろ、不コーヘー」
言うまで聞くからなという圧をかけてくる高尾くん。そうは言われても、改めて考えてみると趣味らしい趣味がない気がしてきた。でもここにきて特にないは確かに良くないし。
唸りながらも「それもそうだよね」と同意を示してから、「面白い答えじゃないけど」と予防線を張ってから答えることにした。…我ながらダサいことをしている。
「趣味というか、休みの日にやってる事なら」
「お?なになに?」
「料理…の練習?」
「料理かー、いいじゃん。何作ってんの?」
「こないだは回鍋肉と青椒肉絲と麻婆豆腐かな」
「ブフッ、なに、中華縛りでもしてたワケ?」
私の答えの何かが面白かったのか、高尾くんが小さく吹き出した。そうやって笑って貰えたことになんとなくほっとする。にしてもホントよく笑うな。体がもはやそういう構造になってるのかもしれない。
ひとしきり笑ったあとの彼の目尻には涙が滲んでいる。そんなにかと思わないでもないけれど口には出さずにいると、ふいに高尾くんが「みょうじちゃんさ、」と私の名を呼んだ。
「はい」
「料理好き?」
「うん。好き」
「そっかそっか。いいじゃんソレ」
「なんで?」
うんうんと一人頷く高尾くん。何が言いたいのかさっぱりわからず頭上にハテナを浮かべていると、彼はずり落ちてきた圭太をまた背負い直して言った。「だってさ」
「好きなコトを好きってちゃんと言えてさ、しかもそれができてるんだぜ?それってつまりサイコーじゃねーか」
「そうだろ?」と私を見る目には、そうであると言いたいのだという彼の意思がうつっていた。
なぜかすぐに言葉を返すことができなくて、言葉を発するまでに一瞬の間が生まれた。「なるほど」と絞り出した声が、変にうわずらなくてよかったと思う。
「そうかもしれないね。高尾くんだったらやっぱりバスケ?」
「あったりめーよ!」
そう言って屈託のない笑顔を見せる隣の彼。多分本当にそうなんだろう。でも、さっきの表情はそれだけじゃなくて、なにか含みを感じさせるようなものだった気がする。
それがなんなのかを考えて答えを出せるほど、私はまだ彼のことを知らない。
その事実に気がつくと、何を思ったか私の口は勝手に動いていた。
「高尾くん」
「はいはい」
「今日夜ご飯はうちで食べてく?」
「んーーーそうしてートコだけど、明日朝早いから今日はエンリョしとくわ。ゴメンな」
「全然だよ。明日も部活か、頑張ってね」
「あんがと。また行ける時は連絡するわ」
「うん」
なんだ、来られないんだ。顔には絶対出さないけれどそ、そんな風に思ってしまった。今までは特になんとも思わなかったのに、そのことをやけに残念に感じるのはなぜか。
ここで引き下がっちゃいけないと思うのはなぜなのか。
「あ、じゃあ今日のお礼になにかお惣菜あげるね。よかったら持って帰って食べて」
「オレ思うんだけどさぁみょうじちゃん」
「はい」
「施しすぎじゃね?」
「そんなことないって。迷惑だったら無理にとは言わないけど、なんかこう、形として貰って欲しくて」
「そういう言い方すんのマジでずりぃと思うわ」
「貰ってくれる?」
「いただきます!」
好感度を上げるには贈り物をするのが手っ取り早い、そう聞いたのはいつどこでだったか。忘れちゃったけど、もしそれが本当なら、試してみる価値はあるよね。
その後、日が沈みきる前に圭太を店まで送り届けてくれた高尾くんに重々感謝を述べ、お礼という名の贈り物をお土産という名目で持たせた。色んなおかずを適当に詰めちゃったけど、お父さんが作ったやつだしどれも美味しいから大丈夫なはずだ。お父さんも高尾家で食べて貰えるならって喜んでたし。
「そんじゃまた!」と明るく手を振って高尾くんは去っていった。その姿が見えなくなるまで店の前で見送ると、中から出てきたお母さんが声をかけてきた。
「なまえ、お見送り終わったなら中手伝って」
「お母さん」
「なに?」
「人と仲良くなるのって、やっぱり時間かかるよね」
「うーん、普通そうなんじゃないかしら」
「そうだよね…」
当然のことなのに自然と肩を落としてしまう。お母さんは何かを察したらしく、そばに寄ってきて肩を叩くと「焦ることないのよ」といつもより優しい声色で言った。
「下手なことすると裏目に出るかもしれないしね。それにあなたは…まあ、彼なら大丈夫だろうけど」
「うん……」
「お母さん達のことは気にしなくていいからね。彼ならいつ来ても何食べても大歓迎よ」
「うん………待って、お母さん私高尾くんなんて一言も」
私はあくまで人と仲良くなることについて言ったはずなのに、既に断定されているのはどういうことだろう。その抗議を聞いた母親は瞼を持ち上げてわざとらしく驚いたふりをした。
「あら、私名前出してたかしら?」
「……あ」
「ふふ、ほら早く入って。今日は大入りよ〜」
しまったと思った時にはもう遅い。少し熱くなった顔を手であおぎながら、あらあらと楽しそうに笑って店に戻る母親を追いかけた。