瞬く流星。

初めて彼を見た時、私はふと冬空を瞬く星々を思い出した。
濃紺の高い高い空に浮かぶ、まるで散らされた白いインクのような輝き。洗練された鼻筋と、クリクリと愛らしい大きな瞳。優しげに弧を描いた唇と、鼓膜を揺らす暖かな声。まるで絵本から出てきたかのような、彫刻のような彼は、もう世間の酸いも甘いも存分に味わってきた私にとってはひどく眩しく映った。

「藤井流星です」

暖かな声はそう言った。
なんてこったいと私は一人頭を抱える。彼は本当に星だったのだ。宇宙を駆ける一筋の流れ星。私のお願いは聞いてくれるのだろうか、なんてメルヘンなことを考えるような年でもないけれど、それでも彼がいかに特別な人間かはすぐにわかった。だからこそ私はこの名前を伝えるのがとても醜い行為のように思えて口を噤む。ギリギリ絞り出した「よろしくお願いします」という抑揚のない言葉は彼の耳にどう届いただろうか。


私の人生はいつ狂い出したのだろうか。
中学一年生の時に路上でスカウトされた私は、自分の外見に自信があったし、何よりも思春期ゆえに満たされない自尊心を満たしてくれる手段として地下アイドルとしてデビューした。活動自体は親にも学校にも内緒だったし、仲のいい親友にも一切口外しなかった。そういうものも全て「プロだから」などと調子に乗っていたのだろうということは、今になってやっとわかったことだ。
秘密のアイドル生活というものは簡単なことばかりじゃなかったけど、基本的に私を癒してくれた。学校以外でできた友人。私を愛してくれるファン。なんでも褒めてくれるマネージャーさん。全てが楽しくて、全てが私を肯定してくれた。未熟で半人前の私はそこに人生が全てあるのだとすら思っていたのだ。
だけど、その未来はあっけなく幕を閉じる。ある日メンバーの一人が齢16にもかかわらず、ファンとの子を身ごもっているということが発覚し、その巻き添えを食らった私のアイドル生活は終わりを告げる。それはちょっとしたニュースとなり、学校や親にも私が地下アイドルだったことがバレ、学校は退学、親からは一家の恥だと存在を無き者として扱われた。
高校に進学することを諦めた私は16歳で一人暮らしを始め、アイドル時代の伝手を頼り、今度は18歳と年齢を偽ってAV女優としてデビューすることになった。子供だった私はまだ忘れられなかったのだ、私を愛してくれるあの瞳が。

楽しいことなんてなかった。
ずっとずっと苦痛だった。
好きでもない人に散々抱かれて、処女までネタにされて、わかっていたくせに、自分から願ったくせに人のせいにして、自分を正当化しないと壊れてしまいそうで。

そして私のウリであったフレッシュさというものは自然と時間の流れで薄れていき、離れて行くファンと需要、それに比例して増えていく過激な要望。その頃にはもう私は十分大人で、事務所やビデオ会社と話し合った結果、卒業という耳なじみのいい言い訳を振りかざしてこの世界から足を洗ったのだ。もう25歳だった。

まともな友人のいない私は元AV女優の先輩のコネクションでタレント事務所に就職して、今度はマネージャーとして裏方として働く手段を選んだ。この仕事は結構性に合っているようで、楽しいと感じている自分がいた。どうやら私は自分が輝くよりも、誰かを自分に手で輝かせる方が向いているらしい。気付くのが少し遅かったけれど、天職と思えるほどには充実している。
私が担当しているのは「日野 ことり」という子役タレントで、素直でまっすぐだからこそとっても危うい彼女を支えるために今までの経験があったのだと思えば幾分か気が晴れたし、物分かりのいい彼女は私のストレスにならないし、わかりやすいほど駆け上って行くスター街道に恐れをなしていないようで、つい眩しいものを見るように目を細めてしまう。
私はこの子のために頑張ろう。この子のための人生だったのだと思おう。ことりは私にとっては大切な宝石だ。絶対手放さない。その小さな背中に、自分の全てを投影していたのかもしれない。

磨き上げた宝石は、ついに連続ドラマの主演という大役をつかんだ。「ありがとうございます!」と涙を浮かべる彼女に「ことりのおかげよ!」と笑って二人で抱き合って喜んで、今日はそのドラマの顔合わせだった。

そして、その場に現れたのが藤井流星だった。一目で圧倒された私にことりの心配そうな声がかかる。「ううん、大丈夫」首を振ってみせると彼女はよかったと優しく微笑む。
藤井流星…そっと誰にも見えないところで携帯を開く。申し訳のないことに、私はあまり表の世界に詳しくなく、名前を検索欄に入力して虫眼鏡のマークをタップすると、すぐにその結果は出た。


『ジャニーズWEST』


そのアイドルグループの名前に私は肝が冷えた気がした。
あの天下のジャニーズ事務所のアイドル。それもまだデビューして間もない今が旬のアイドルだ。下手なことはできない。うちのことりのためにも私がしっかりとやらなきゃ。
それにしても…。

(24歳か…)

自分とさして変わらない年齢の彼に眩しさを感じた自分が悲しくなる。まだ若いともてはやされる時期だろう。私にもあったさ、そんな時期が。でもそれも過去のものだ。きっと彼にもそれを「若かった」と振り返る日が今にくる。
私はまるで親の仇を見つけたかのように彼をジーっと見つめる。ああ、本当に綺麗な顔。あんな綺麗な人あっちの世界にはいなかった。知らないうちにこっちの世界はまた一段と輝いているらしい。漠然と日本のタレント業界の未来は明るいな、などとどうでもいいことに思いを馳せていると、スタッフの方の号令で顔合わせが始まった。
私は慌てて手帳を取り出す。まだ幼いことりの代わりに大体の情報は私が把握する必要がある。こういうのも得意だ、勉強は意外と好きだったのかもしれない。今になって高校受験をしなかったことをひどく悔やんでしまう。でも、こんな歪な生き方をしてきたからこそことりに会えたのかと思うと「まぁそれでもいいか」と思えるのだ。