お代をいただきます




お代を頂きます




「お疲れ、新入り」

「え、あ。の、えっと……」

新入社員生活一週間目のある昼休みの事だった。私は皆が昼食へとオフィスを去るなか、キリが良いところまで終わらせようと居残りをしていた。そんな私に話しかけてきた先輩。誰だっけ、名前、なんだっけ。

「俺、黒尾。黒尾鉄朗な。なあ、一緒に昼飯、食いにいこうぜ?」

「え? 私、お弁当が……って、ええ?」

私は大いに断ったのに、何故だか黒尾さんは私の手を掴み歩きだす。

「ま、待ってください、私……」

「ん? ああ、弁当なら俺が代わりに食ってやるし、昼飯は俺の奢りだから気にすんな」

にか、っと笑う黒尾さんに、私は返す言葉を失った。
そういえば先輩が言っていた。黒尾さんには注意しろ、と。
彼は格好良いが、つかめない人間な上に、人をおちょくるのが好きな人間らしい。
ああ、面倒くさい。思っても言葉にはできなかった。



「ご、ご馳走さまでした」

そうして私はどうにか彼とのお昼を終え、会社までの帰路につく。
食事中は主に仕事についての雑談でやり過ごせた。

「おう。また一緒に昼行こうな?」

「あ、え、と……」

私は曖昧に返事をした。そうそう何度も食事を一緒にしたら、正直心臓が持たない。
先輩から聞いていた黒尾鉄朗と、私が今対峙している黒尾鉄朗は随分差があるのだ。
確かにつかめない性格ではあるが、話しをした感じ、性格の悪さだとかは感じなかった。
つまるところ、格好いいのだ。

「ふーん。なあ、米つぶ、ついてんぞ?」

私が彼を警戒して見ていたら、彼は自分の右頬を指差す。私が彼の言葉とジェスチャーに慌てて、自分の左頬に両手を持っていった時だった。

「っ、え?」

左頬に気をとられていた私の右頬に、彼の唇が触れた。

「黒尾、さん?」

「昼飯代、確かに貰ったぜ?」

に、と口の端を上げる彼に、私の心臓が早鐘を打つ。

やなやつ。やなやつやなやつやなやつ。

「黒尾さん、なんか……知りませんっ!」

おちょくられた。
私は腹が立つやら悔しいやらで、彼の脇を通りすぎ、会社へと早足で向かうのだった。

「やっぱ、かわいいやつ……」

彼の真意なんて、知らないままに。



160419