沢山の
沢山の
俺には幼馴染みがいた。
冬野ユキ。彼女は同い年で、確か同じような個性を持っていた。
昔から俺は同年代の人間や、兄弟とさえも遊んだ記憶がなかったから、多分ユキとの初めての会話は小学校の時だと思う。
「しょうとくん、だよね? 私、ユキ。隣の家にすんでるの」
にこっ、と笑う姿が印象的だった。あまりにもきれいに楽しそうに笑うこいつに、些か苛立ちを感じたのを覚えている。
「お前、気に食わねえよ」
初めての会話がこれだった。ユキは面食らって泣きそうになっていたのだが、涙をこらえて俺に手を差し出した。
「なに?」
「っ、あくしゅ!」
言われても俺はユキを無視していた。だけどユキは俺の手をとると無理矢理握手してきた。
「よろしくね!」
それが、俺とユキの始まりの日。
それから、なにかにつけてユキは俺に話しかけたりするようになった。
「焦凍くん、お昼一緒に食べよ?」
「たく、ユキは暇だな」
いつの間にか俺はユキに流されていて、それが普通になっていた。
「私の個性さー、触れたものを触れてるあいだしか凍らせられないじゃない。どうせなら焦凍くんくらいの威力がほしかった」
「使いようだろ」
「っ! そっか、そうだね!」
きらきらとした笑みを浮かべるユキを見る度に、心が荒れ荒ぶのがわかった。
俺はこんなにも醜いのに。母を苦しめた俺は、どうしようもなく醜いのというのに。
ユキは俺の家庭事情を知らない。知ったらきっと、離れていくって思っていた。
そうして俺もユキも同じ高校に進んだ。
「わー、焦凍くん、制服似合ってる」
「……」
なんでなんだろう。
なんでユキは、いつもそんな風に笑いかけてくれるのだろうか。
きっともう、ユキも気づいているはず。俺の親父と母のことを。
「ユキ、は……」
「ん?」
「なんでもねえ」
聞けなかった。怖かった。この感情の意味を、俺は知り始めていた。知り始めていたけど、否定した、押し込めた。ユキは単なる幼馴染みだ、と。それ以上も以下もない。この関係を崩したくなかった。
母の時のような思いはしたくない。
もう、誰かを失うのは、嫌だった。
雄英に入学して数ヵ月後、俺は久々に母の見舞いにいった。
笑ってくれた。ユキのように。
ユキ、なあ、ありがとう。この気持ちを伝えたくて、俺は家にひた走った。
「あれ、焦凍くん?」
「はぁ、ユキ、」
全速力で走ったため、息が乱れて声がでない。
はやる気持ちをおさえ、息を落ち着けて、ユキを見る。
「えっ、焦凍くん……笑って……」
「ユキ、俺。ずっとお前が隣にいたから、折れずに来られた。気がする」
ユキは目を丸くして固まっていた。俺はそんなユキに一歩、また一歩近づく。
「俺、お母さんに会ってきた」
「……うん」
「だから、今はちゃんとユキと向き合える」
「……う、ん」
ユキの目の前まで来て立ち止まる。見下ろすユキと視線がかち合う。はじめてユキの目をまともに見た気さえする。なあ、ユキ。
「俺、ユキが好きだ」
言ってユキを抱き締めた。とくとくと聞こえる心音は俺のものかユキのものか。
「やっと、私を見てくれたんだね」
にこっ、と笑うユキのそれは、今までのどんな笑顔より輝いて見えた。
ユキ、なあ、ユキ。これからも、俺の隣を歩いてくれ。一緒に笑いあってくれ。
言いたいことは沢山ある。だけど俺たちにはまだまだ時間が沢山あるから。だからこの気持ちは、少しずつ、お前に届けようと思う。
沢山の大好きとありがとうを。
160428