静
彼は静かだ。
生きる
冨岡義勇と私の出会いは、今から遡ること二年前。彼が"柱"になって少し経った頃の事だ。
その日私は普通に起きて普通に家事をして、普通に家族と畑仕事に出掛けた。それなのにその日、私たち家族は散り散りになった。
突如現れた化け物が、私たちを離れ離れにさせたのだ。
その化け物は母の頸を切り、弟の胸に穴を開け、父の体を二つに分断した。
生臭い赤の匂いが鼻の奥に刺さる中、私は独りで震えていた。
きっと次は私の番だ。私も父や母や弟の様に、人間からただの肉塊に変わるのだろう。
恐れと同時に何とも言えない安堵に包まれた。その時は安堵と感じたが、今思えばそれは諦めだったように思う。
化け物が私に襲い掛かろうとした時、音もなく現れたその人が、私の体を軽々と担ぎその場から助け出した。
それが彼、冨岡義勇と私との出会いだ。
彼はこのご時世に腰に刀を携えていて、一目で普通の人間ではないことは察しがついた。
彼は私を地面に下ろして、化け物の目の前に刹那の速さで移動して、その頸を切り落とした。
私はその場で口を開けて見ていることしか出来なかった。その速さもさることながら、静かさにただただ絶句した。
「立てるか」
「え……私……」
あんなに恐ろしい目に遭ったのに、未だ私は現実を飲み込めていなかった。だから腰が抜けることも足が震えることもなく、あっさりと立ち上がれた。
「……ありがとうございま、す」
それから、お礼を言う余裕すらあった。
だけれど、立ち上がり彼の顔を見た瞬間、なにか糸が切れたように体から力が抜け、膝が折れてしまった。
「あっ」
地面に向かって体が傾く中、彼が私の腕を掴んでくれた。見た目に似合わず優しい触り方だった。
「落ち着け」
「落ち着け? そんなの……落ち着ける訳ないでしょうっ!」
私を掴んでいた彼の手を払い除けた。払い除けたは良いが未だ私の膝には力が入らず、私は地面に膝を着いた。
「何なのあの化け物は? それに貴方も」
「あれは"鬼"だ。そして俺は鬼を狩るもの」
「鬼? は? 何言って……」
怪訝な目を向けても、彼は顔色ひとつ変えなかった。そのせいで私は、今の状況を飲み込まざるを得なくなってしまった。
「何で助けたのよ……」
八つ当たりだった。
本当は、生きていることに安堵した。家族の中で私だけ生き残ったことを喜んでいた。みんなは死んでしまったというのに。
滑稽だ。
私はこの先、どうやって生きればいいのだろうか。
「俺と来るか?」
「え?」
「どうせ行く宛なんか無いのだろう。俺のために生きろ」
救われた、気がした。
生きる目的を与えられた私は、この日から只ひたすら、この静かな彼のために生き長らえる道を選んだのだ。
170606