「俺は冨岡義勇。鬼殺隊の水柱だ」

「きさつたい……?」

「先ほどの鬼を倒す為に在る組織のことだ」

彼――冨岡さんは淡々と私に説明した。鬼のこと、鬼殺隊のこと、政府非公認で活動していること、鬼は元々人間だったこと、等々。
私からしたらそれはまるで御伽噺のようで、飲み込むのに時間がかかった。それでも冨岡さんの言っていることが嘘ではないのは最初から分かっていたから、普通の人よりは現実を受け入れるのにそう時間はかからなかったと自負している。冨岡さんはすべてを理解した私を見て、愁いを帯びた表情をしていた。



冨岡さんと旅をすることになって一番最初にしたことは、髪を切ることだった。それから、男物の着物を一式買ってもらった。
長く伸ばしてきれいに結っていた髪を短くし、血と埃のついた着物は男物の袴に着替えた。

「成程、男装か」

「はい。この方が冨岡さんにも迷惑は掛かりませんし」

男として生きようと思ったのだ。家族が死に生き残った私は、何が何でも強く生き延びなければと。そのためにまずは、私は女であることを捨てた。
髪を切ったせいで頭が軽い。袴は歩きやすかった。

「お前、名前は?」

「生更木。生更木コハルです」

「生更木……」

冨岡さんは私の名前を反復し、着替えた私の姿を上から下まで見渡した。その眼光は鋭く、私は妙な緊張をしてしまう。

「確かに、その恰好ならお前が女とわかるやつは居まい」

誉め言葉なのだろうか。
私は答えに窮しながら、だが冨岡さんを見上げてその目を真っすぐに見据えた。

「私は今日から男です。冨岡さんも私に気を遣うことなく旅を続けてください」

鎹鴉が、カア、と鳴いた。



だけどやはり、私は只の女に過ぎない。もっと言えば、只の人間。
冨岡さんが私の歩調に合わせてくれているのは明らかで、一日に進める距離はあまり多くなかった。冨岡さんは柱という最上級剣士で、そうなると体力も並大抵のものではない。私が見る限り、息を切らしているところを見たことがなかった。

「冨岡さん、私まだ歩けます」

「俺が休むと決めたから休んでいるだけだ」

冨岡さんは本当に静かな人で、必要なこと以外は喋ったりしない。それにぶっきらぼうで、無表情だ。
料理をしているときも、歩いているときも。休んでいるときも、見世物を見ている時も。
私は黙々と料理をする冨岡さんの横顔を見た。
本当は私が料理をしたいのだけど、冨岡さんは私を気遣ってかいつも先に料理を始めているのだ。
冨岡さんは大抵のことは何でもできる。男の人なのに料理もそこそこできてしまう。私は何の役にも立たない。

「冨岡さん」

「……」

返事はなかったが、私は構わずに続けた。

「なんで私に『俺と来るか』って言ってくれたんですか」

「……死ぬ気だっただろう」

「え?」

「あの時お前を置いていったら、お前は死ぬ気だった。俺がせっかく助けてやったのにも関わらず」

そんなこと私は露ほども思っていなかった。そう、そのはず。だが、冨岡さんには私がそういう風に映ったようだった。

「私は死にませんよ」

「無自覚だろうが、あの時お前を置いて行っていたら、お前は確実に死を選んだ」

断言された。
私は絶対にそんなことは思っていない。何より、家族の死を目の当たりにして、生への執着が芽生えないわけがない。
私はあの時こう思っていた。

自分だけは助かりたい

浅ましいことだ。

「冨岡さんは間違ってます」

「……間違ってるのはどっちだ」

「冨岡さんです」

「……まあいい。さあ、飯にするぞ」

淡々とした表情は相変わらず何を考えているのかわからなかった。分からなかったが、私はなぜだか腹が立っていた。
自分のことは自分が一番よく知っている。だから、私は死のうだなんて思っていないことは自分が一番よくわかっているはずだ。
それなのに冨岡さんは私のことを知ったかのようにものを言う。それがどうにも腹立たしかったのだ。

私と冨岡さんは動き出す。二人の旅路はまだまだ先が長い。


170606