昨晩は久々に屋根の下で眠った。
藤の紋を掲げる家は、鬼殺隊を受け入れてくれる家らしく、冨岡さんはそれはもうもてなされていた。
普段は冨岡さんのせいでなかなか宿がとれない。腰に携えた刀は、それだけで奇異な存在なのだ。時代は大正、刀を携えた人間なんか、鬼殺隊以外に私は見たことがない。

「はー。お茶が美味しい」

「気を抜きすぎだ」

「冨岡さんは少し気を張りすぎです」

「……」

この人はいつも気を張って疲れないのだろうか。私が知る限り冨岡さんは、普段から鬼への警戒を怠らず、鬼への情報収集を怠らず、常にびりびりとした雰囲気を纏っていた。

「俺は物見遊山で旅をしている訳じゃない」

「そうですね。解ってますよ、固いなあ」

お茶をまた一口啜りながら言えば、冨岡さんは私を見て眉間に皺を寄せた。いつもより何倍も恐い顔だ。

「生更木、ここに残るか?」

「え?」

恐い顔をしていた理由は、どうやら私に対する言葉を躊躇っていたからだったらしい。
冨岡さんは無表情でぶっきらぼうだが、それでいて思慮深いことを最近知った。今だってそうだ、言いにくいことをいつも通りの顔を作って吐き出した。あくまでいつも通りを装って。

そんな冨岡さんの気遣いに、無意識下では気づいていた筈なのに、その時の私には冨岡さんの気持ちを思い図ることは出来なかった。
ただただ、怒った。

「冨岡さん、私を捨てるんですか」

「人聞きの悪い」

「だって冨岡さん、言ったじゃないですか。"俺のために生きろ"って。あれ、出任せですか?」

確かに冨岡さんは私に言った。

俺と来るか?
俺のために生きろ

父と母と弟を亡くしたあの日、冨岡さんは私に言ってくれた。
今の今までそれを忘れていたのは私の方なのに、冨岡さんの言葉でそのやり取りを思い出して、一人で怒りに震えた。

「お前はもう、一人でも生きていくだろう」

「何それ」

「あの時お前を置いていったら、お前は死を選んでいた。だが今は違う」

思い出す。
確かにそうだ、冨岡さんは言った。断言していた。私をあそこに置いていったら、私は死を選んだだろう、と。
今ならその言葉に納得してしまう。確かに私はあの時、死にたかった。

家族を一気に亡くした私に残された道と言えば、後を追うことくらいだ。

あれからもう、二年の月日が流れた。私は変わった。生きることを教わったのだ。他でもない、冨岡さんに。

だからといって、今さら私を置いていくのだろうか。

「私はそんなにお荷物ですか」

「違う」

「そんなに私が疎ましいですかっ!」

平穏な時間が一気に薄暗い時間へと変貌した。
今になって思う。私だけが冨岡さんと慣れ親しんで、自惚れれば仲間のように感じていたのだ。

「いいですよ。私、残ります」

「生更木……?」

意地だ。
付いていきたい、そう素直に言えるほど私は大人ではない。
それなのに、冨岡さんはこの期に及んで私に優しい眼差しを向けてくるのだ。しかも心配そうに私の方に手を伸ばしている。
腹が立って私はその手を思いきり叩いて、宿から走り出た。

「冨岡さんなんか、大っ嫌いです!」

そう、吐き捨てて。



170607