小 背中

黒木 庄左ヱ門
この日は委員会の仕事が山積みだというのに、タヌキでキツネな先輩方に逃げられてしまい、人手が足りず通りかかった月城先輩に手伝ってもらった。僕は月城先輩が苦手だ。無意識に男を惑わす魅力が、色香のあとに何処か耐えるような、誰にも心の内を見せないところが。
あの危うさが僕は苦手だ。
「黒木くんて私のこと嫌いだよね」
見透かされたようでドキリとした。作業の手を止め先輩を見る。お得意の房中術のために研かれた肌が太陽の光で照らされる。
「嫌いというより少し苦手です」
やっぱりと月城はどこか悲しげに呟くと外に目を向ける。僕は不覚にもやはり綺麗だと思ってしまった。先輩方が溺愛、というより狂愛を受けているのも頷ける。
確かに月城先輩はどの女性より遥かに際立って美しく、まだ10才の僕ですら惑わされるほどだ。中でも房中術はプロのくノ一すら足元にも及ばない。
ふと思った。
「月城先輩は何故忍者に」
あまり関わりの無い人、だからこそ芽生えた好奇心。常に死がつきまとう忍者にならなくてもいいのではないか。月城先輩の容姿と完璧な礼儀作法があれば嫁の貰い手は引く手数多ではないか。そう思った。
「黒木くん私はね……」
「庄左ヱ門大変だ!!」
先輩が何言いかけたところで、級友である猪名寺 乱太郎が学級委員会委員長室に飛び込んできた。息急ききって駆け込んできた彼の様子にただ事じゃないことが伺える。
彼らがまた掃除をサボったのだろうか。それとも下級生でも掴まえて世界平和でも呼び掛けているのだろうか。はたまた忍たまに月城先輩の悪口でも吹き込んでいるのだろうか。
どれもあり得そうだけど、最後のは止めてほしい。すこぶる機嫌最悪の先輩方を宥めるのは大変なんだ。そもそも少しは自分たちの立場を理解してほしい。今の彼らはぼろぼろの吊り橋の上を命綱無しで歩くようなものなのだから。
「きり丸が…きり丸が…図書室」
乱太郎の一言で月城先輩が図書室に走り出した。僕も乱太郎に先導されて図書室に向かう。
図書室の前には親友のしんべヱと図書委員会の他に鳳さん、宍戸さん、河村さん不二さんの4人がいた。
固く閉ざされた図書室の中にきり丸がこもっていることを中在家先輩が教えてくれた。
「きり丸くんだよね。話は聞いたよ」
「お前…その……大変だったんだな」
「可哀想に」
「今すぐこの学園から足を洗ったほうが亡くなったご両親のためだと思うな」
そしてこの騒ぎを聞き付けて他の人たちが集まるのは必然のこと。
「おーい不二ー、どうしたんだニャ」
「こら英二廊下は走らない」
「何の騒ぎッスか」
不二さんたちは菊丸さん、大石さん、越前さんにきり丸の境遇を教えた。両親を戦で亡くた戦災孤児で、働きながら生計を立てていることを知ると、口々に障子越しに投げ掛けた。
"可哀想" "不憫" "辛かったね" "頑張れよ"
取って付けたような同情の数々は確実にきり丸を傷つける。あれできり丸はプライドが高いから。
「きり丸、蛍です」
月城先輩が歩み出る。説得するつもりなのだろうか。
「きり丸どうして」
「だってそいつら先輩のこと何も分かってない。悪女とか売女とか…何も知らないくせに。俺の姉ちゃんなのに」
いつもきり丸は月城先輩を姉と呼んで慕っていた。実の姉弟のように仲が良く、休日には一緒によくアルバイトをしているところも見かけ、勉学を教わりときどき寝食をともにする。きり丸には特別な存在なのだろう。
「俺より姉ちゃんのほうがよっぽど可哀想だ。だって姉ちゃん…」
「私は十分幸せ。どうしょうもない私をあなたは姉と呼んで慕ってくれる」
私にはすぎた幸せと言った月城先輩は限りなく無表情だった。
僕は月城先輩の過去や生い立ちなんて知らない。ただ、2人の間には確かに絆がある。それは例えるならば、そう同志。
ともに支えあう仲間なのだろう。
「きり丸には仲間がいます。それはとても幸せなことです。もっと仲間に甘えなさい」
障子が開き、泣き腫らしたきり丸が出てきた。月城先輩の顔を見るとその胸に飛び込み、赤子のようにわんわん泣く。抱き合う2人の背中は随分と小さかった。
「きり丸くん、月城さんは男だったら誰でも足を開く女なんだよ」
「そんな奴、姉でもなんでもねえ!!」
鳳さんたち一先ず黙りましょうよ。感動の場面が台無しになってるし、中在家先輩が不気味に笑ってそれを見た図書委員会の面々が震え上がっている。
その足元は瓦礫のように
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