それはあの青い空のような
「調子のってるよね、可愛いからって」
女子の囁き声ほど囁いていないものはないと思う。
(……聞こえてるんだけどなー)
優衣は心の中でぼやき、ため息だけを吐き出した。
敵意を向けられたのは、きっとまた昼休憩に男子生徒に呼び出され告白を受けたからだろう。
入学して少し経てば徐々にグループのようなものが出来始めるクラスの中で、優衣はクラスメートの女子たちに敬遠され始めていた。
「話がある」と言われると、断りの言葉を伝えるべくいつも後をついて行くのだが、どうやらそれのせいで変な噂がついてくるようになった。
キスして相性が良かったら付き合ってあげると言ってキスしまくっているキス魔だとか。
一発ヤッて捨ててるらしい、など、さすが中学生というべきだろうか。
本人に聞こえるように言われているため、優衣も噂は知ってはいたがとくに気にすることはなかった。
言いたいやつには言わせておけばいい、そう思っていたからいつも話を聞いてから断っていた。
今回は二年の先輩だったし、殊更に、ほとんど知らない人間のどこが気に入ったのだろうと思いながら、ただ一言「ごめんなさい」と言って断った。
そうしてひとり教室に戻る途中、廊下で出会ったクラスメートに「白藤さんまた告白?」と話しかけられ、その背後から冒頭の囁き声が聞こえてきたのだった。
(好きにしてくれ……)
あまり周りに馴染む気もないので仕方がない、そう思いながらもため息が出る。
いつもならば、これは雑音だと思って流す程度のことだった。
だが、どうにも今日は心の余裕がないらしい。
なぜ態々騒ぎ立てるのだろうかと苛立ち始めた。
小さく息を吐き、もうすぐ午後の授業が始まるその賑やかな教室を背にして歩き出した。
*
屋上といえばやはりサボりの鉄板といえる場所だろう。
そこにはすでにそれを実行している生徒がいた。
その生徒は気持ちよさそうに寝そべっている。
「制服、白いのになー……」
ふと気になった事を口にしていた。
独り言にしては大きく響いたそれは風にさらわれ届かなかったのだろうか、横たわる体が動く気配はない。
もしくは、春といえど肌寒い季節なのに爆睡しているのだろうか。
帝光中学の制服は奇麗な白色だった。
その生徒は指定のカーディガンを着ているが、色を気にすることなくコンクリートに直に横たわっている。
近くと、ズボンを履いていることから男子生徒だと分かった。
風邪の心配などしてやらなくてもいいだろうとそのまま通り過ぎ、優衣はフェンスまで歩くとそれに手をかけた。
大きな網目の向こう側に広がる景色は、いつもより小さく見える建物や車。
何も変わらないその景色を見ると、なんて自分はちっぽけなのだろうと思う。
気がつけば空を見上げ、心の中で呟くつもりだった言葉は声となって空気を振動させた。
「わたしも、ちっぽけだなー……」
空から見下ろした人間なんて皆ちっぽけで、そんな人間のめそめそした考えなんてとてつもなく小さい。
そう考えると、自分がどれほど小さいことを考えていたのかと馬鹿馬鹿しくなる。
そしていつもそこに思考がたどり着くと、すっきりとした気持ちになるのだった。
しかし、今日に限ってなかなかそれは拭えない。
無性に、フェンスの隙間から見る景色が嫌になった。
なぜか見るものの選択を強いられているようで腹がたった。
「───お前、自殺願望者ってやつか?」
気付けばフェンスをよじ登り、街の景色に見入っていた。
そのまま後ろを振り向けば、下には先程のサボり先駆けの彼が立っていた。
「あれ、サボりくん。起こしちゃった?」
無意識に登っていたが、きっとフェンスの音はこの空間に響いただろう。
彼はその音で目を覚ましたのではと思案し、素直に謝罪を口にする。
「ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「それって起こしたことか?飛び降りのことか?」
不機嫌そうに見上げてくる彼はストレートな質問を投げかけてきた。
起こすつもりはなかったが、飛び降りるつもりなんかも微塵もなかった。
一瞬面食らって閉口した優衣だったが、言葉を返そうと徐ろに口を開くと、
「とりあえず降りろ」
と先に彼が言い、そっと手を差し伸べてきた。
その行為に甘えて、片手を彼の掌に乗せると、優衣はフェンスを握っていた手を離した。
「どっちもだよ」
ありがとうとお礼を述べ、ぶっきらぼうに先程の質問に答えた。
やたらと肌が黒い彼はニヤリと笑い、目立つ白い歯を見せると口を開いた。
「起こされたことは気にしねぇよ。いいもん見れたしな」
そう言うと眩しい笑顔を見せた。
なんのことだろうかと疑問に思ったが、ふと気付く。
優衣は途端に顔が赤くなるのを感じた。
「なっ……!」
「怒んなよ。でも黒いパンツとかお前、結構エロいのはいてんのな」
どうやらフェンスに登っていた時に下からスカートの中を覗かれていたらしい。
したり顔を浮かべた彼の勝ち誇ったような言い方に、優衣は思わずカチンときた。
「アホっ!」
パチンッ!と乾燥した音が、屋上に響いた。
咄嗟に振り上げた手は見事に彼の顔に当たり、気づけば華麗な平手打ちが決まっていた。
食らわしたのは自分だが、優衣は慌てて大丈夫かと確認しに近寄る。
すると彼からぼそぼそと呟く声が聞こえた。
「殴られるなら降ろさねぇでもっと見ときゃよかった……」
そんな彼を一瞥して、心配してやるのも阿呆らしいと溜息をつく。
「もういいや……」
呆れた、と心の中でぼやいたつもりだったが、それは素直に口に出していた。
気が抜けた優衣は徐ろにその場に腰を下ろした。
ロッカーにカーディガンがあったはずだと、そのへんは記憶の中をしっかりと確認して、そのままコンクリートに寝転ぶ。
視界には、ただただ広がる青だけが映った───。
「で、勢いよくフェンス登って、なにがしたかったんだ?」
暫く空を眺めていると、不意に隣から声が聞こえた。
気付けば隣には同じように寝転がった彼がいた。
空をまっすぐ見たまま、なぜかと問う。
その横顔を眺めながら、健康的な肌だな…など関係のないことが頭に浮かんだ。
そんな優衣に気付くことなく彼は言葉を続ける。
「オレはてっきり飛び降りんのかと思ったけど」
「……初対面なのに心配してくれんの?」
「目覚め悪りぃだろ」
さらっと吐き出された彼の言葉に、「なるほどー」とひとりごちる。
「別にー。強いて言うなら、何かに遮られてモノを見たくなかっただけかなー」
「ふーん」
聞いてきたのは彼のくせに、さほど興味がないような返事をされた。
別に理解してほしかったわけではないが、気の抜けた返事にため息が零れる。
お互いにぼーっと空を見上げ、無音の空間が2人を包んだ。
会話は終わったのだと思っていると、ふと彼がこちらに視線を向けていることに気付く。
「なんかよくわかんねぇけど」
目が合うと、彼は徐に口を開いた。
「遮るもんなんか、全部ぶち壊したらいいんじゃねぇの?」
そう、なんでもない事のように呟いた。
「……そっかー」
今まで、避けていくことしか考えていなかった。
自分で変えていくことなど考えたこともなかったし、出来るとも思っていなかった。
まだ出来るのだろうか、こんな自分でも。
思ってもみなかった言葉を受け取り、心が少し軽くなった気がした。
しかし小さく感動を覚えたのも束の間、彼は起き上がると子供のように言い放った。
「さすがにフェンスぶち壊したらやべぇけどな!」
その言葉に、優衣は思わず呆然としてしまった。
なるほど彼は単純かつバカなのだろう。
初対面で悪いがそう思わせる発言に、感動を返せと思いながら体を起こし、彼を見上げる。
ちょうどよく、太陽と彼の姿が、合わさった。
───屈託のない笑顔と、
彼の奇麗な青い髪が、キラキラと輝いた。
それはあの青い空のような
「サボりくんの髪、わたしの好きな空みたい」
眩しくて、目を細めながら呟いた。
彼は何だそれと言わんばかりに顔をしかめ、「変なやつだな」と、呆れながら笑った。
「なんでよ、褒めてるのに」
「褒められてんのか?」
「そうだよ。喜ぶところ」
「意味わかんねぇ。変なこと言うのな、お前」
そう言って、彼は無邪気に笑った。
やっぱりその顔は、太陽の輝きに負けない笑顔で、自然と、自分の顔も綻んでいくのを感じた。
「お前、笑ったら可愛いじゃん」
そしてまたサラリと、なんでもない事のように彼は言い放った。
これには優衣も赤面してしまい、思わず顔を伏せた。
不意に言われたその言葉に、気持ちがふわふわするのを感じた。
それは初めて、下心も何もない褒め言葉をもらえた気がしたから───。
その後、恥ずかしくなってふて寝をしたら、起きればもう午後の最初の授業が終わっている時間になっていた。
隣で一緒に寝てしまっていた彼は、仕方ないと笑って言った。
「あとオレ、サボりくんじゃなくて、大輝な。青峰大輝」
「あ、言ってなかったね。わたし、白藤優衣」
「優衣な!」
「え……っと、いきなり呼び捨て?」
「あ?なんだよ」
「……いえ、別に」
「サボり仲間ってことで、まあ仲良くしよーぜ」
「……じゃあ……ダイ、って呼んでいい?よろしくね」
「おう!」
相変わらず、彼は屈託のない笑顔で答えた。
(悪くないなー……)
何の邪心もない彼の接し方に、自然でいられる自分がいた。
それを悪くないと思う自分がいるのも確かだった。
人と関わることを避けていたのに、彼はさらっとフェンスをぶち破ったのだ。
青空の中で眩しく輝く、その太陽のような笑顔で。
───君のその笑顔が、
何にも変えられない大切なものになるなんてね。
−−−−−−−−−−−−−−−
ピュア峰のはずがすでにサボりくんになっていて将来が心配
2018/03/16 (2012.11.15)
(
Clap!)
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