... これポッキーゲームだよね?




「優衣ちん、はい」
「えっ……」

まさか彼が“それ”を渡してくるだなんて、露程も思わなかった優衣は固まったまま目を瞬かせた。

(だってほら、あの体はでかくて中身は子供の……)

心の中で呟き、どっかの名探偵さんの反対みたいだ、なんて思いながら、気が付けば彼のおでこに掌を当てていた。

「優衣ちん?オレ風邪ひいてないよ?」
「だってアツ、いつもねだるのに今日はくれるから……」
「優衣さんは時々むごいですよね」
「……。(やだ、テツには言われたくない……)」

不意に現れてさらりとひどいことを述べる黒子に、思わず心の中で毒づく。
どうしたんだと紫原を心配しつつ、黒子への睨みは忘れない。
今日は心にあまり余裕がないんだ、優しくしてよ、なんて思いながらそれがなぜかと逡巡する。
そうだ、今日はなぜかいつもと違うことが多すぎたのだ。

優衣は今日一日を振り返って、大きく溜息をついた───。





***





この日は朝から少し騒がしかった。
登校すると教室では女子がいつもよりはしゃいでいるのが目についた。
見ているだけでも気分が下がった優衣は、思わずすぐに屋上へと足を運んだ。
お気に入りの場所にいつものように寝そべり、いつもと変わらない空を見る。
もう秋も深まり少し肌寒いが、今日は天気が良くて陽の光が暖かい。
良いサボり日和だ。

(うん、寝れるなこれは)

最近、愚図ついた天気が続いていたので、久しぶりにお昼寝が楽しめると思うと気分は少し穏やかになった。
しかしその穏やかな空間はすぐに壊された。

「優衣!今日の差し入れってなんだ?」

大きな音を立てて屋上の扉を開けたその人物は、まっすぐこちらにやって来て普段はしない催促をしてきた。

「なに?ダイ、どうしたの?」
「だから、差し入れ」
「今日はかぼちゃのマフィン」
「え、なんだよポッキーじゃねーの?」
「……え?ごめん逆になんでか教えて……?」

その人物、青峰は憐れむかのような目をこちらに向けている。

「お前、今日なんの日か知らねーの?」
「は?今日?」
「……いや、いいわ。マフィンくれ」

よく分からないことを好きなだけ言って、彼はいつもの場所であるブランケットの右側に寝そべり、手を差し出す。
無性にブランケットをテーブルクロス引きのように抜き取ってしまいたい衝動に駆られる。

「……何かあるの?」
「知らねーならいいって」

ギリギリの精神を保ち、隣にいる彼の手に鞄からとり出したマフィンを乗せる。
すると彼は不貞腐れたような言い方でそう呟き、マフィンを食すとすぐに寝てしまった。
これで今日の部活の際に渡す差し入れが、青峰の分はもうないということに彼は気づいているのだろうか。
他のメンバーに渡している時に騒がれるのはごめんだと思いながら、拭えぬ疑問を心の中でひとりごちた。

(なんだったんだ……)







お昼になり食堂にいくと、そこにはキラキラと目を輝かせる犬がいた。

「優衣っち!」

席をとっていたと示すように、彼は隣の席をバンバンと叩き座るように促す。
おかしい、いつもハウスと言うのはわたしなのに。
なんてぼやきながら、とりあえず周りの視線が痛いので大人しく犬、もとい黄瀬の隣に腰掛ける。

「優衣っち、今日お菓子あるんスよ!一緒に食べないっスか?」

ご飯もそこそこにお菓子の箱を掲げる彼に、食べ終わったらね、と落ち着かせて箸を進める。
だが、不意に彼が手に持っているその箱に目を向けると、優衣はその手を止めた。

それは朝から青峰を不貞寝させた、例のお菓子の絵が描かれたパッケージだった。

「リョウ、それって……」
「そうっス!ファンの子に貰ったんスよ!今日はポッ」
「やだそんなの欲しくない」
「えっ!」

ファンという言葉を聞き思わず被せ気味に拒否を示す。

(そんな毒入ってそうなもん食えるかっ)

しかし優衣のそんな思考を彼が読み取れるはずはなく。
黄瀬は驚いて声を詰まらせたが、徐々にわなわなと震えはじめた。

「……っ!優衣っち!まさかのヤキモチっスかっ!?」

なぜかそんな見当違いのことを抜かし、キラキラした目を更に輝かせる。
「優衣っち可愛いっス!」と勝手にのたうち回っている訳の分からない黄瀬を見ながら、

(……君は気持ち悪いっすよ)

と、優衣は冷静に心の中で突っ込みをいれた。
そして机を叩いて悶えている黄瀬に構うことなく、彼の手にあるお菓子の箱──ポッキーの箱──をサッと奪い取った。

「これ、ちょーだい」

正直、自分の身が一番大事なので毒が入っているかもしれないそのお菓子に興味はない。
ただあんな拗ね方をした青峰を見たのは初めてだったので、どうしたものかと考えあぐねていたのだ。
毒菓子だろうとお望みのモノを与えれば少しは機嫌を直すかもしれない。

(これでダイも喜ぶかなー)

そんなことを考え、自分の優しさに少し泣きそうになった。
なにより青峰の機嫌が悪いと後々と厄介事に巻き込まれるのだ。
不機嫌を桃井に八つ当たり、彼女が自分に泣きついてくる、という連鎖反応。
出来ればそれは避けたいというのが正直な思いなのだが、本人達は知らなくていいことだ。
この毒菓子で自分の安否は確保された、と優衣は生贄を手に入れ清々しい気分だった。

「優衣っち、ポッキー好きなんスか?」

しかしあまりにも箱を見つめすぎていたのか、黄瀬がまた勘違いをする。
否定を述べようとするも、先に口を挟まれた。

「そんなに好きなら、ゲームして優衣っちが勝ったらそれ全部あげるっスよ!」
「ゲーム?」
「簡単なゲームっスよ!オレが片方くわ」
「あーでも欲しいの私じゃないし。そんなに好きなわけでもないし」

生贄をすでに手に持っている優衣は、ゲームだなんだと言い出した黄瀬を一瞥するが、もう面倒くさいな、と心の中で零してまた彼の言葉を遮った。
そうして言外にゲームには乗らないと伝えると、黄瀬は「そんな〜!」となぜか泣き出しそうな声で頭を抱えた。
黄瀬の言動を不思議に思いながら、優衣は食事を済ませ席を立つ。

「明日、新しいの買って返すから」

じゃ、と言ってそそくさと食堂を後にした。
「明日じゃ意味ないんスよ〜!」とすがるような声が聞こえたが、放置して教室へと向かった。







彼は教室に戻っているのだろうか。
自分の教室とは真反対にある青峰の教室に足を運ぶがその姿は捉えられない。
まだ屋上かと呆れ、放課後でいいかと自分の教室へと向かう。

途中、廊下の向こうからいつもヘンテコなアイテムを持つ人物が見えた。
だんだん近づいてくる彼の手には今日も何かがある。
目が合うと、彼の方から声をかけてきた。

「優衣、それはなんなのだよ」
「……真、それは私が聞きたい。そっちこそなんなの?」

優衣は緑間の持つそれを指差し、ため息混じりに問いかけた。

「これは今日のラッキーアイテムなのだよ。炊飯器だ」
「いや邪魔だろうよ……」

ここ最近のなかで一番でかいアイテムだ。
家にこれしかなかったと言う彼の言葉に耳を傾けながら、さすがにこれはと優衣は呆れ果てた。
一歩譲ってラッキーアイテムなのだから炊飯器だろうとなんでもいい。

(でも一升炊きはちょっと……ねぇ)

重たそうだと憐れんでいると、彼の目が自分の右手に固定されていることに気づく。
右手を上げ、それの正面を見せてやる。

「ポッキーだよ」
「お、お前も、そういった類に興味があるのか……」
「………は?ごめん意味が……」
「お、俺は、お、おおおお前がしたいというなら、か、構わないが…っ!」

どうした。
この男はどうしたんだ。
なぜ突然そんなに吃っているんだ。

「まさか、もう……!」

対応に困っていると、彼は突然目を見開き声を荒げ始めた。
だめだ、なんか変な世界に彼は行ってしまった。

丁度よくすべてを打ち切る予鈴が鳴り、なんとも言えない空間にその音は響き渡った。

「じゃ、授業始まるし……」

また部活でね、それだけ言い残して彼の横を通り過ぎた。

(なんか今日、変な日だな)

違和感を感じたまま午後の授業を受けた。







放課後になり、いつものように隣の席に座る赤司がこちらを見やる。
それは部活に行くぞ、という彼からの合図で、優衣はいつも黙って後ろをついていく。
会話が全くない訳ではないが、話しかけ始めるのはだいたい優衣からだった。

だが、今日は違った。

「今日は休んでも構わないが」
「………え?」

珍しく彼から話しかけてきたと思ったら、内容も予想外過ぎて唖然とする。
マネージャーになってから今まで、こんなことを言われたことはなかった。
なんだかんだと熱中してバスケ部のマネージャー業をやらせてもらっていた。
彼もそれに対しどこか満足気にしていたように感じていたのだが、違ったのだろうか。

「わたし……何かした?」

思わず不安になり、そう問いかける。
しかし彼はそれには何も応えず、「そろそろ行こうか」とその身を優衣から逸らし、ひとり部室へと歩き出した。
だが、そこはかとなく嫌そうな雰囲気が、彼の背中からは感じられた。

何だったんだろうと疑問を抱きながらも部活は始まり、しかし優衣の不安は杞憂に終わり、部活は滞り無く進み、いつものように無事に終わった。
そして各自で自主練を始めた、その時だった───。





***





「優衣ちん、はい」

冒頭の紫原の言動で、やはり今日は変な日だ、と心底思ったのだ。

彼の手にはポッキー。
世の中ではジャンクフードと呼ばれるお菓子そのもの。
いつもならお菓子を求め優衣の後ろをついて歩くような彼だ。
手作りでいつも差し入れとして持ってきているが、それがなくなってもいつまでも強請るような男だ。
終いには優衣を片手で抱き上げ、宛らお父さんと娘のような構図を作り上げる人物が、だ。





お菓子を渡してきた。

(──熱も測ってしまうでしょうよ)





「優衣ちん食べないの?一緒に食べようよー」

そう言って紫原は、優衣に差し出していたその細っこいお菓子を一つ、自分の口に含んだ。
なんだ、結局自分が食べるんじゃん、と突っ込もうと口を開いた時だった。

紫原は優衣の後頭部に片手を回し、押さえ込むようにグイッと顔を引き寄せた。
一瞬の出来事に目を見張ると、目の前には紫原の顔が至近距離で映る。



そして彼は、自分が咥えたそのお菓子の反対側を、優衣の口に含ませた。








ねぇ、知ってるよ?

わたし、さすがにこれは知ってる。












こ れ ポ ッ キ ー ゲ ー ム だ よ ね ?












どうしよう、と逡巡するが、すぐにもういいかと諦めた。

「ねぇダイ。確認したいんだけど……」
「あぁーーっ」

咥えさせられたポッキーを折って横にいる青峰に話しかける。
目の前の人物は残念そうな声をあげた。
だが彼が叫ぶのは今この時ではない気がする、と思いながら優衣は耳を塞いだ。

「……なんだ?」
「後ろの人は、ご乱心?」

後ろからすごい気配が近づいてくるのを察知したからだ。

「ご乱心っつーか、ありゃあ……」
「阿修羅なのだよ」

そう伝える緑間の声はどこか上擦っていて、これはわたしも帰りに怒られるな、と他人事のようにこの状況を捉えた。

「紫原、外周50だ」

彼の言葉は絶対だ。
彼に逆らおうとするものはいないし、逆らうのを許すような人でもない。
こんな人は唯一無二だろう。

そして、その場にいた部員を全員ドン引きさせられるのも、また彼だけだろう。





***





「優衣ちゃん知らなかったの?女子みんな、今日はそれで騒いでたんだよ」

巷ではとあるジンクスが噂され、囃し立てられていたらしい。
というのをあの後、カラカラと笑う桃井が教えてくれたのだった。

『ポッキーの日にポッキーゲームをして、真ん中でチューをするとその二人はずっと一緒にいられる』

という在り来りな、学生が心を弾ませるようなジンクス。
例外なくこの帝光中学でもその噂は広まり、男女ともに浮ついていた、のだとか。

「優衣さん、大丈夫ですか?」
「いや、わたしよりアツの方を心配してあげて」
「でもあんな大きい人にいきなり迫られては怖かったでしょう」
「そうだねぇ、でも威圧感のすごい人がいつも隣にいるし……」

そこまで言ってふと気づく。

(え?なにこれ、テツは味方なの?敵なの?)

思わずそう心の中でひとりごち、恐る恐るその威圧感のすごい人に目を向ける。
そこにはとても愉快そうな赤司がおり、その横に近い未来の自分の姿が見えた気がした。
自分はこのあと、一体どんなダメージを食らわされるのだろうか。

「……征、これあげる」

まさかこんなもので許されるはずもないだろうが、黄瀬から奪い取ったポッキーを赤司に手渡した。

「ありがとう優衣。だが、まさかこれで済むと思っている訳ではないだろう?」
「うわぁー……」
「あ?んだよっ!お前ポッキー持ってんじゃねーか!」

口元は笑っているのに目は笑っていない彼に身震いした時、なぜかどこかのアホが自殺行為に出た。
「オレもできたじゃん」と呟く声は、きっと彼の耳にも届いたことだろう。

(てかあのアホもなんで便乗しようとしてたの……)

唖然としたまま、その後の悲劇を傍観した。

「青峰、外周」






その後、皆の自主練が終わっても延々と二人が走っていたのは言うまでもない。







−−−−−−−−−−−−−−−
二年生のキセキ全員と
無理やり雑に絡ませたポッキーの日!
2018/11/10(2012.11.11)

Clap!


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