必ず、かの
きょうの昼私は睡魔が猛威を振るう魔法史を乗り越え、朝ぶりの食堂にやってきた。できたての料理特有の、好ましい香りが空間の中に満ち溢れていた。
私はオムライスを食べていた。皿の湯気とデミグラスソースの香ばしさがゆらゆら立ちのぼり、鼻腔を擽った。スプーンを入れると、卵はいとも容易く破れ、ふわふわかと思いきや、とろおっとしていた。熱いので、半熟らしき卵からの液体とデミグラスソースがチキンライスに絡んでいる。思わず唾を飲み込む。
意を決して口に入れると、口の中にやさしい味が広がり、息をすればソースの香りが鼻から抜けていった。
また、デミグラスソースが遠慮なく適度な量で掛けられているため、卵とライス、デミグラスソース付きの卵とライス、と色々な組み合わせができるので、飽きが来ない。
ふと、目の前のオムライスが濃い影で覆われた。覗き込んできたのは金。薄い黄色と目が合う。レイン・エイムズだ。
「となり、いいか?」
気づくと人は来た時よりも増えていて、座れる席が斑にある程度であった。
「ええ、もちろん」
卵にすっとスプーンを入れ、ライスごと掬う。
「美味しそうに食べるな」
「実際に美味しいからね」
となりが、今日はやけに饒舌だ。特段仲が良い訳でもないのに、課題や仕事以外で話しかけてくることもあるのか。不思議なやつだ。
オムライスを食べているうちに、私は彼の様子をおかしく思った。少なすぎる。この時点で、時間があまりないのは当然だが、食べる量が少ない。もちろん、自分が食べる量が人並み以上であるのはわかっているが、掌サイズのパンを二つで、午後を乗りきれられるのか?
「ア……エイムズ、それで足りるの?」
「?……ああ」
正気か?
おお、神よ! このように呆れたやつがいてもいいのか? それとも何、少食なだけ? 食べ盛りじゃあないのか? え、いつもこれくらい? は、え? とにかく私はめまいがした。
こいつは人類の三大欲求の一角である食を蔑ろにしているのだ。何たる侮辱、何という冒涜! 自分の体を労れ! そうでなくても、食べ物が可哀想だろうが!
気づいたら、エイムズは食べ終わったようで、軽く挨拶をして立ち去った。なんてことだ。無心でオムライスを口に運び続けた。しばらくして、私は通りかかったランドを捕まえて尋ねた。
「ランド、エイムズはいつもあんまり食べないのか?」
「そうだな……確かに、食べるのをあまり見たことは無いな」
ランドは顎に手を当てて、思い出すようにわずかに答えた。彼が言うには、むしろ三食のうち、一食くらいは抜くらしく、それでは足らず、食べられれば、それで良いと考えている節があるとの事だ。
それを聞いて、私は激怒した。呆れたやつだ。生かしておけぬ!
私は、自他ともに認めるほど、食を愛する女だ。あれこれつまんだりするし、食べ物があると聞いたら何であろうと真っ先にそこに飛びつくようなやつだ。メシというメシは愛す。愛でる。一生追い求める。
美味こそ至高だ。
だからだ。食生活が終わっているやつを見ても、そのまま放っておけるはずがないのである。
手始めに、彼の食生活がどれほど荒んでいるのかを知るため、レイン・エイムズをよく観察することにした。彼は私のクラスメイトで、同じ寮ではあるものの、接点というものが片手で数えるほどしかなく、話す機会もあまりなかった。学友とも言えないし、強いて言うならば、ただの同級生だ。
とても優秀で、次期監督生とも噂されている。
誰もが知る肩書きを通してでしか、彼を知ることができなかった。私には、彼が具体的にどういう人間なのか、さっぱりわからなかったのだ。
お世辞にも愛想は良い方では無いし、口数も少ない。けれども人情深いところがあり、ランドといった「友達」、はたまたは「仲間」といった枠に入れた人には甘い。実際、見ていると、ランドと話すとき、あの凍りついた表情筋が一瞬、緩むのだ。見間違いやも知れぬが、笑う、のではなく、緩むのだ。
私と背こそはあまり変わらないが、肩幅が広く、顎が角ばっている。いつも顰めっ面で、眼光が鋭いのが印象的だ。髪は三日月を想起させる色合いで、ところどころ跳ねているのを見るからに、少し硬い髪質なのかもしれない。どこをとっても、誰に聞いても、精悍な青年だと口を揃えるに違いない。それなのに、彼の食生活が終わっているのである。
これはただ事ではないと、私は感じたのだ。
一日目。
朝食、なし。
昼食、スープ。
夕食、もやしのナムル。
二日目。
朝食、なし。
昼食、もやしのナムル。
夕食、パン二つ(小)
三日目。
朝食、スープ。
昼食、もやしのナムル。
夕食、なし。
舐めているのか?
一気に麦茶を飲み干す。思わず机にコップをガッシャン! と行儀悪く音を立ててしまった。
本日の夕食はナポリタン。早々に食堂を去ったエイムズとは対称に
「やあ」
「ランド」
三日間の観察の元、私が出せる結論といったら、レイン・エイムズは極めて不健康な生活を送っていて、実に理解に苦しむ。なんだこいつ。食欲がないのか? もやしとスープが主食なのか? それとも三大欲求のうち、一つが欠落しているのか? 多忙か? 多忙のせいなのか? エイムズの級硬貨を狙うやつを全員叩きのめせばいいのか?
いや、どちらにせよ、食を舐めているのには間違いない。
そう(多少オブラートに包んだが)言うと、ランドは食わず嫌いに手を焼く父親のように、どんどんどんよりと顔を顰めていた。
しばらく経ってから、か弱い声が帰ってきた。
「俺もそう思う……」
保護者でさえこう言う。エイムズはいつもツンと澄ましているが、腹が減らないのか、私は不思議でたまらない。
私は続けて焼きそばを口に運ぶ。もそもそとただ無心に口を動かした。
エイムズが食を疎かにしがちなのは、確かに大問題だ。
とはいえ、彼がいかに不健康であろうと、一同級生としては、特に何もできないのである。初めの頃こそは必ずやその劣悪な食生活を改めさせると大口を叩いてしまったが、よくよく考えると、それはものすごく自分勝手な行動ではないか、と思ってしまったのだ。つまるところ、私は怖気づいたのだ。大して親しくもない同級生に、物申すことに。言われた方はしょうもない、うざったいお節介に感じるだろう。ごもっともだ。私とて、そんなことを赤の他人に言われたら、「はァ?」と思う。
しかし、私にはあの食に対して舐め腐った態度がどうにも気に食わないのだ。
天秤は、ぐらぐらと揺れる。できることなら穏便に済ませたいし、天才とも評されるレイン・エイムズとは必要なとき以外関わりたくない。でもあの食生活は決して許されるものでは無いし、正されるべきだと思う。頭では良くないと思っても、私の本能がそれを拒む。矛盾している。矛盾だらけで、何一つ整合性がとれない。不条理で理不尽だ。そもそも友達でもない女子と男子が食卓を共にするのって不自然じゃないか? いいやそんなことは無いはず。ランドは誰とでも話せる、それこそ良い人≠セが、私はそんな社交的で良い人≠カゃない。こう思考が堂々巡りしている中、皿には焼きそばは一本も残っていなかった。しかしまだ少し足りない。
よし、ランド。お前のゼリーをよこせ。ひと肌脱いでやるよ。なあに、レイン・エイムズの食生活が理不尽なら、それを上回る理不尽で叩きのめせばいい。
つまり、私だ。
本人がどう思うかって? 知〜〜らねっ!