君はまるで遠い星にいるようで

出久はその後保健室へと搬送されていった。たしかリカバリーガールの治癒は立て続けに受けられなかった気がするけど、大丈夫だろうか。麗日も具合が悪そうに顔色を青ざめている。爆豪は悄然とした様子で立ち尽くし、飯田は悔しそうだ。

その後八百万による講評が行われ、俊典さんは言いたいことを全部言われた、と複雑そうな顔をしていた。

建物を移動して第二戦目、組み合わせはBとI。ヒーロー側は名前の知らない二人組で、敵側は尾白と葉隠だった。出久が心配だけれど、授業に集中しようと顔を上げる。すると隣に居た俊典さんがぼそっと私に話しかけた。

「大丈夫?」

気遣うような表情に、さっきの大爆発が起こったときのことを言っているのだろうと気付いた。モニターに集中しているから気付かれないと思ったのに。黙り込むと、俊典さんに「無理はしなくていい」と言われ、暗に訓練を休むことを提案されてしまった。

「心配しすぎ」

俊典さんはやっぱり不安な様子でこちらを見ている。知り合いだということは隠すと決めたのだからもっとこう、他人行儀に接して欲しいのだけれど。これじゃあ他の先生にすぐにバレてしまうだろう。

敵チームのセッティングから五分が経過し、訓練が始まる。葉隠のコスチュームは手袋とブーツのみという八百万を越える露出度なのだけれど、彼女の“個性”を活かすのならあれが最善なのだろう。冬は凄く寒そうだ。ヒーローチームの二人がビルに入ったところで立ち止まっていた。背の高い方の男の子が触手の先になにかを作っている。あれは耳だろうか。あの子の“個性”は複製? 今はビルの中を探知して敵の居場所を探っているのかもしれない。

「轟ってエンデヴァーの息子なんだよな?」
「あんまり話さないけどね」

切島と芦戸の会話に目を剥く。そういえば去年エンデヴァーと会ったときに、子供が雄英高校に進むとかなんとか聞いた気がするけれど、すっかり忘れていた。ゼファーの子供で騒ぐくらいなら、きっと彼のこともニュースに流れていただろうに。ほとんど聞き流していたからだろうか。

轟、という男の子が壁に右手をつく。瞬く間に触れているところから地面や床が凍っていき、数秒でビルを覆い尽くした。まだ訓練が始まって数秒だというのに、核と同じ部屋に居た尾白は足元が凍って身動きができないようだった。姿は見えないけれど、おそらく葉隠も同じ状態だろう。エンデヴァーは炎の“個性”だけれど、彼は氷もか。―――ていうか、

「さむ」

ビル全体が凍らされた影響で地下まで冷凍庫のような温度だ。コスチュームの影響で寒そうにしている八百万に気付き、ジャケットを脱いで被せる。震えている俊典さんも毛布でくるんでやりたいけれどそんなもの持ち合わせていない。

「あ、ありがとうございます」
「いいえ、女の子が体冷やしちゃダメだからね」

尾白と葉隠が氷を溶かす手段があるようには見えないから、轟が核のある部屋にたどり着けばすぐに決着がつくだろう。その数十秒後、ヒーローチーム側の勝利となり、轟が氷を炎で溶かしたため、モニター室の気温は元の状態に戻された。

講評を終えて第三戦目、組み合わせはHとJ。敵チームは私と切島、瀬呂の三人で、ヒーローチームは蛙吹と名前の知らない男の子。俊典さんが三人目を募集すると、空中に浮かぶ手袋が高くそびえ立つ。同じように尾白や飯田も手を上げていたけれど、一番早かったから、という理由で葉隠がHチームへと入ることになった。今回だけ、先に二人捕獲されたらそのチームが敗北というルールも追加された。

「それじゃあ、敵チームは先に上にあがってセッティングだ」

切島と瀬呂に続いてモニター室を出る。八百万に返してもらったジャケットを羽織り、支給された小型無線を装着してから建物の見取り図に目を通す。

「俺、ヒーロー側が良かったなあ」
「だな」
「今のうちに無線が使えるか確認しよう」
「お、おう!」

それぞれの声が届くことを確認してから階段を登っていく。核の位置は五階一番奥の広間の中心、瀬呂が核の周辺に彼の“個性”であるテープを張り巡らせていくのを見守る。

「それじゃあ、私はヒーローを迎え撃とうかな」
「俺も行く!」
「ここで待っててもいいけど」
「女子一人で戦わせるわけには行かねえ! それに向こうも三人で来るんだ。実操一人じゃ捌ききれねえだろ!」

切島が腕を組んで私を見下ろす。私は大丈夫だけど、と言おうとして口を閉じる。まあいいか。共闘なんてしたことがないからあまり想像が出来ないけれど、なんとかなるだろう。

「それじゃあ、この部屋は閉じちゃうから」
「え? あ、ああ」

戸惑いつつ返事をした瀬呂を確認し、広間の入口に進む。切島を先に外へ出してから、壁に手をついた。轟の戦い方を真似するようだけれど、モニター室への被害は出ないので始めから使っていいだろう。

するすると伸びていく蔦や根が壁や床を伝って部屋を埋め尽くしていく。目的は穴を塞ぐこと。窓も全て。数十秒で部屋の景色が一変し、緑一色になる。

「すげえ・・・・・・目に良い部屋・・・・・・」

瀬呂がぼそった言った言葉に笑いそうになりながらも部屋を出て、最後に外からも扉を塞ぐ。蛙吹と葉隠もそうだけど、もう一人の男の子もパワータイプには見えなかった。簡単にこの根は取り除けないだろう。

「先に言っておくけど、今と同じやり方でこの建物内の通路を塞いでいく。地図貸して、使える通路に印をつけておくから」
「お、おう!」
「これで相手は使うルートが絞られる。それと、姿の見えない葉隠は私が捕獲するから気にしなくていいよ」
「分かった! 任せるぜ!」

なんだか分かっていなさそうだけれど、切島は人の良さそうな笑みを浮かべてサムズアップした。この人凄く性格が良さそうだ。そんなことを考えながら通路の壁に触れて植物を創造していく。訓練開始まであと一分程だろうか。エネルギーの操作でビルの全体に植物を張り巡らせていきながら、敵の思考になりきるために脳を働かせた。