塩辛い檻に甘い地獄

「さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション! それが終われば最終種目」

放送を聞きながら視線を横に移す。そこにはチアガールの服を着ている卯依ちゃんがぼうっとした表情のまま立っていて、手元の黄色いポンポンを手持ち無沙汰に弄っていた。いつも降ろされている髪の毛はポニーテールにされ、同じ黄色のリボンがついている。横の部分の髪は、一部が編まれていてシンプルながら華やかさがあった。普段隠されている肌が多く見えているから、ただひたすらに目のやり場に困る。

卯依ちゃんはさっきまで頬を赤くさせて縮こまっていたけれど、もう吹っ切れたのか表情は普段通りだ。会場に出てきたばかりの時は肩まで赤くさせて本当に恥ずかしそうにしていた。白い肌を上気させて、少し潤んだ赤い瞳が―――

「緑谷ちゃん、見すぎよ」
「え、ぁ!?」
「実操に熱視線ぶつけすぎだろ緑谷ァ・・・・・・舐めるように見やがって、ドスケベか?」
「いや、いやいやいや! 違うから! そんな!」

峰田くんの言葉を否定する為に顔の前で手をブンブン振っていると、騒がしくしている僕に視線が集中した。前方を見ていた卯依ちゃんがゆっくり振り返り、目が合う直前で思わず顔を下へ向ける。心臓がバクバク煩くて右手でそのあたりの服を鷲掴んだ。ああもう、なんだこれ、なんだこれ。どうなっちゃったんだ僕・・・・・・。

顔中熱くて仕方がない僕に蛙吹さ・・・・・・ゆちゃんが「ケロケロ」と楽しそうに微笑む。ミッドナイトが「甘酸っぱい予感」と一言呟いてからトーナメントの組み合わせを決めるためのくじを取り出した。自分を落ち着かせるために息を深く吐く。

くじ引きが始まる直前に尾白くんが手をあげて辞退を申し出たのはその直後だった。周囲が騒然として尾白くんを見る。彼は騎馬戦での記憶が朧げなこと、チャンスの場をフイにすることは愚かだと自分で言ってから拳を強く握って続けた。

「皆が力を出し合い、争ってきた座なんだ。こんな・・・・・・こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて・・・・・・俺は出来ない」

これは自分のプライドの問題だと言う尾白くんに、同じく騎馬を組んでいたB組の男子生徒が棄権を願い出る。ミッドナイトの判断で二人は棄権になり、代わりにB組の二人が繰り上げして、最終種目に出場することになった。

その後全員のくじ引きを終え、モニターにトーナメントの表が映し出される。自分の名前は一番左に、ひとり挟んだ横には轟くんや瀬呂くん、卯依ちゃんと上鳴くん、飯田くんの名前もあった。濃い・・・・・・。

一回戦の相手は、心操・・・・・・って確か。
「あんただよな? 緑谷出久って」

突然背後から声をかけられ体が跳ねる。やっぱりそうだ。体育祭が始まる少し前、教室へ戦線布告をしに来たC組の生徒の人。騎馬戦で卯依ちゃんに声をかけていた人だ。

「ーーーょモッ」
「緑谷!」

よろしくと言うはずだった口は尾白くんの尻尾で塞がれる。振り返ると難しい表情をした尾白くんがそこには居て、「奴に答えるな」とこわばった声で言われた。

心操という人は返事をしなかった僕になにも言わず離れていく。レクリエーションが始まるため会場から出た僕と尾白くんは、そのまま控え室へ向かった。

「操る“個性”か、強すぎない?」
「ああ、でも多分初見殺しさ。俺、問いかけに答えた直後から記憶がほぼ抜けてた。そういうギミックなんだと思う」

うっかり答えでもしたら即負けだと背筋を震わせる僕に、尾白くんが“個性”の解除方法を教えてくれた。心操くんの“個性”は衝撃によって解ける可能性が高い。

「まァ、俺から出る情報はこんなもん」
「ありがとう! ものすごいよ!」

立ち上がった尾白くんは、自分の手を握ってから言った。「すごい勝手なこと言うけどさ」ぐっと拳を向けられる。

「俺の分も頑張ってくれよな」


▲ ▽



レクリエーションが終わり体操服へと着替える。ほっと息を吐いて髪に結ばれているリボンをそっと解いた。ばさっと肩に落ちてきた髪を後ろに流してから、普段使っている髪留めをカバンから取り出す。

「あ、取っちゃったの?」
「うん。こういう髪型は咄嗟に掴まれやすいから」
「なるほど〜」

葉隠の言葉に返事をして、編み込みをほぐしていく。肩にかからないようにまとめて結び終えた頃には全員の着替えも終わっていて、私たちは揃って更衣室を出た。客席へ行く前に、出久の様子を見に行ってみようかな。