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アラジンという不思議な少年がサアサ達の荷台から発見されたのと同時刻、ハルは市場を回っては剣の情報を集めていた。時には商品を買って交渉したものの情報は得られず、ほんの少し肩を落とした直後だった。西の方角から悲鳴を聞き、条件反射でハルは走り出す。

逃げ惑う人々とすれ違うハルは、雑踏の隙間から見覚えのある少女二人が体を強ばらせて固まっているのを見つけた。盗賊は市場でも堂々と盗みを働くのか。そう考えつつ剣に手を伸ばしたハルは、少女に手を伸ばせば届く距離まで近付いて足を止めた。
騒ぎの元凶、目の前にいたのはほんの小さな子供だった。



昼の騒動も落ち着き、日が落ちた頃にハルは市場から少し離れた木陰で休んでいた。地面に座り込んでいるその影は微動だにしない。寝床を整え終わったサアサは、テントを出て休んでいる騎士に恐る恐る近付いた。驚かせないように、刺激しないように。起こすためにその肩に触れようと伸ばした手は、冷たい鋼鉄によって阻まれた。


ゆっくりと頭が動き、鎧兜がこちらを向く。

「何か用ですか」

冷めた声が聞こえ、サアサは息を呑んだ。声を振り絞るように口を開く。ここで眠るのは危ない、良ければ自分達のテントで休まないか、と。ハルはじっと探るようにサアサを見て言った。心配はいらない。余所者を簡単に招き入れるのは警戒心が足りない証拠だとも言った。

―――ライラはこの人を怪しいと疑っていたけれど、本当の悪人はこんなこと言わないわ。隊商のテントから離れた場所で休んでいたことも、きっと私達を怯えさせない為だろう。サアサの中にあった恐怖心は露のように消え、自然と笑みすら浮かんでいた。

「ならせめてテントのそばで休んでください。風よけに出来るでしょう?」

サアサの言葉にハルは暫く思案し、ゆっくりと立ち上がった。ハルは木に繋いでいた馬を引いてサアサの横に並ぶ。のんびり歩きながらサアサは密かに隣に視線を向ける。背は自分より少し高い程度で、鎧のせいで体格は分からない。所作や振る舞いは丁寧で、高貴さすら感じられる。

―――レーム帝国の旅人と言っていたけれど、どこかの貴族かもしれない。サアサの好奇の視線に気付きながらハルは何も言わずに歩いていた。


テントまで辿り付き、サアサは父にハルをテントの傍で休ませたいと言った。サアサの父親は、多少驚きはしたが、最後まで報酬を受け取らずにいたハルのことを気にかけていたので余っていたテントをハルに貸し出した。ハルはしばらく遠慮していたものの、親子二人の説得もありその厚意を受け取った。

外に出していたら盗まれるかもしれないから、と愛馬もテントに入れられたハルは、人気が無くなったことを確認してから兜を取る。流れるように落ちてきた金髪を耳に掛けてからそっと腰を落ち着かせた。辺りも静まり返ったことで全身に纏っていた鎧を脱いでいく。擦り寄ってきた馬の額を撫でてやりながら、外套の上に置いた剣に視線を向ける。

―――早く見つけなければ。

祈るように手を組んで目を瞑っていたハルは、気付くと眠っていた。浅い眠りのせいで夜中に何度も目覚めながら、日が昇りきる前に身支度を終えてテントを出る。

ちょうど起きてきた隊商長に礼を言ってから、ハルは市場を離れた。サアサに礼を言っておいて欲しいと頭を下げて去っていくその背を見送りながら、今時珍しいほど誠実な旅人だったと隊商長は思う。命の恩人に対してきちんとした礼が出来なかったことを惜しみつつ、騎士の旅の無事を祈った。